北海道新聞朝刊コラム「朝の食卓」平成11年(1999)11月24日

ロシアの歌声

二年前の夏、サハリンの奥地を歩いたことがある。そこは戦前の地図では空白地域となっていた秘境で、地質調査に同行した旅だった。山には高山植物のお花畑、川にはマスの群。よく見るとサクラマスや降海型のオショロコマもいる。ひらけた空間にヤナギの巨木が林立し、シマフクロウにはうってつけの環境がひろがっていた。

けれどももっと印象深いことは、案内してくれたロシア人研究者のたくましさだった。常に斧(おの)を持ち歩き、木や枝からキャンプに必要な道具を作り、くつろぐ。釣りはせず、石を投げつけ、魚を捕る。完成品を買ってくる「アウトドア・ライフ」とは別世界の野外生活があった。

夜は誰もいない河原でテントを張った。焚き火を囲み、ウオッカを飲みつつ話をしていたが、そのうちロシアの歌をハーモニー豊かに聞かせてくれた。こうなると、こちらも何か披露せねばならない。

ところがこういう場所にぴったりくる歌が見つからない。山の中ではカラオケ調は似合わない。それより声を合わせる方がふさわしい。昔の仕事唄ならばしっくりきたのだろうが、そういうものを知らずに育った。

自分たちのうたがない。他人に聞かせるうたがない。そう思わせたロシアの歌声だった。


<前へトップページ著作と経歴次へ>
Copyright (C) 1999 宇仁義和  unisan@m5.dion.ne.jp