人類博物館[Musée de l’ Homme]はセーヌ川を挟んだエッフェル塔の対岸のシャイヨ宮にある。この博物館の起源は1878年パリ万博の会場となったトロカデロ宮殿に開館したトロカデロ民族誌学博物館[Musée d’ethnographie du Trocadéro]で、1937年パリ万博に合わせて移転改組して人類博物館として開館した。その後、現在のヨーロッパ・地中海文明博物[Musée des Civilisations de l'Europe et de la Méditerranée(MUCEM)]やケ・ブランリ美術館[Musée du quai Branly]に資料の一部を移管し、2015年に新装開館したのが現在の人類博物館である。なお、シャイヨ宮はトロカデロ宮殿を取り壊した跡地に建設され、人類博物館のほかに国立海事博物館も入っている。
常設展示「人類展示館」は3つのテーマからなる、1)人類とは何か、2)どこから来たのか、3)どこへ行くのか。1)では人類の身体的特徴や形態学、2)は化石人類からの人類史、3)は現代の世界と今後の展開、をそれぞれ表現している。人類という全体を俯瞰する展示で地域性や個別の文化的特徴の追求はせず、それらを人類の変異や多様性と見なす。いわゆる「原始美術」もキリスト教美術も仏教美術も横並びで展示するなど文化相対主義を徹底している。これはかつてのヨーロッパの思考からすれば画期的なことだ。たとえばパリの国立美術館を見ると、ギリシア・ローマの古典古代からルネサンスまでのヨーロッパの美術品はルーブル美術館、ヨーロッパの近代美術はオルセー美術館に、第二文明たる東洋美術はギメ東洋美術館、第三世界の原始美術はケ・ブランリー美術館と分かれている。見事なまでのヨーロッパ中心主義だが、日本も絵画を日本画と洋画、それ以外を民族美術と区分けすることも多く、ごく当たり前の分け方といえる。が、このような過去の展示方針とは決別したのが人類博物館の展示である。そして、過去に顕著に見られたヨーロッパの優越観やヨーロッパ以外の人たちを調査対象としてきた人類学や民族学については、過去の試みとして展示してその特異性を際立てている。
たとえば、世界各地の人たちを型取り実測して作成された胸像の展示コーナーでは、民族や集団の呼称について問い掛ける。自称と他称が異なること、ヨーロッパが名付けた異民族の呼称は多少なりとも軽蔑的で、文明と野蛮を峻別したものと指摘する。いわゆるリベラルな視点での過去の反省といった注釈。ヨーロッパ人による過去の異文化研究は調査手法や収集方法は現在では批判の対象となることも多い一方、それら人類学や文化人類学の調査はかけがえのない営みであったという評価は依然残る。それが無ければ近代化や資本主義の浸透によって、記録されることも無く消滅した風俗や習慣、言語は相当な数に昇っただろうから。この博物館では過去の調査や研究は、それ単体での評価というより人類の多様性の記録として昇華させて展示しているように見える。
30–1万年前の展示コーナーは「依然として多様な人類[Une hummanité encore plurielle]」としてヒト科には複数の種が存在したことを強調する。とにかく時代を超えて多様性が主題になっている。先史時代の展示では美術品と見える資料を集めた展示テーマがあり、石器時代の代表的な絵画や彫刻の年表を過ぎた先に目玉資料が鎮座する。1864年にフランス南西部にあるドルドーニュ県から見つかった「不謹慎なビーナス[Vénus impludique]」で、17000年前の後期旧石器時代のものと考えられている。フランスの美術の源流を先史時代の遺跡に残された作品に求めるような展示にも見える。縄文土器を現代日本人のモノづくりに結びつける考えとおなじのよう。
美術作品の展示には唯一といえる国や地域ごとにまとめられた展示コーナーがある。実物ではなく背丈を超える大型の立体切り紙のような抽象的な展示で、地域性は抽象化して見せるという方針だったのかも知れない。
先史時代の美術作品を過ぎると今度は農耕や牧畜の出現から現代に至るまでの生業や暮らしの展示テーマになる。ここも地域や民族さらには時代を分けずに多様性の枠の中に入れた展示となっていて、「動物、植物、社会」の展示ケースには南アフリカで見つかった5千年前の岩絵から21世紀にウクライナで収集されたポリ袋、そしてメキシコの資料が同居する。あくまでも主題は人類やその成果品の多様性。多くの博物館ではまとまった資料から近代以前の地域文化の独自性を展示する。一方、人類博物館では前近代の暮らしや生活は地域も年代も一緒くただ。実際、草木などの自然素材を用いた動力化以前の道具で作った道具用具はベージュや茶色で似たり寄ったり。そのなかの差異を取り出したり地域性を強調する展示は古くて陳腐、それとは決別した挑戦的な展示だ。そして時代は一気に現在へ。現代の暮らしのコーナーの展示ではアフリカの誰それの生活とパリの写真家の暮らしが並列に展示されている。民具的な製品を用いつつスマホも使う現代人の暮らしを1つの展示ケースで見せている。かつての民具であふれた芸術・民間伝承博物館の展示の現代版といえようか。
新しい展示と感じたのが義手や義足のコーナー。医療器具を超えて今風に言えば個性として捉える見せ方をしている。それは器具の使い勝手も美的要素も発達したから実現できた部分。コンピュータが脳の外部拡張ならば義手や義足も部位や機能の代替から拡張へと向かうのだろう。さらには人間の身体能力を拡張する「外骨格」的装具、いわゆるパワースーツまで展示している。そして現代の暮らしとしてモンゴルのゲルの住宅やセネガルのド派手なバスの体験展示、オセアニアでの文化遺産の保存施策やキリスト教の伝道と地域文化の変容など、現代に続く話題を見せる。展示は、未来の子どもと義足の妊婦像を経て「人類は進化し続けている[L’homme évolue encore]」という不思議な作品で終わった。
常設展示室は明るく磨かれた床が心地よい。展示は資料と解説から常に観覧者に問いを掛けてくる。特定の資料を詳しく見るのも良し、立ち止まって疑問や想像力を働かせてみるのもよいのだろう。
特別展は「移民、人類の旅路」を開催中だった。ヨーロッパでは2015年に前年の2倍以上の難民が押し寄せ、移民船の沈没事故で多数の犠牲者が出たこともあり「難民危機」として意識された。その原因には2010年代初めの「アラブの春」や2014年以降に激化したシリア内戦がある。いずれも地中海の南岸や東岸の地域の出来事であるが、その地域をヨーロッパにとって全く異なる余所者と見るか、それとも古代ローマの支配地域として文化文明を共有する仲間と見るのか、この問いは大きい。思想や認識と現実に選択可能な施策政策は別に存在するものの、個人対個人の接し方の奥底には歴史認識や文化的価値観が存在する。この博物館はリベラルな思想が貫く展示で民族や文化圏といった集団的な区別は背景に置き、人類の多様性や歴史文化の共有といった連続的な変異を重視する。
移民は今日的な話題であり、対処には歴史や文化そのものの解釈が関係する。そして人々の認識形成には博物館や展示が大きく作用する。直接の展示体験からメディアをとおした間接的な見聞も含めて。アルプスの地方博物館のドフィノワ博物館でも移民の展示コーナーがあり、ヨーロッパ・地中海文明博物館は欧州移民危機の発生地域の新たな理解が設置目的であった。博物館は現代的な課題を考える場であり、場合によっては政策を左右する資料を提供する。だからこそ見せ方に細心の注意が払われる。時には責任が問われることもあるのだろう。決してお高くとまったサロンではない。そのような思いを強くした。(2025-3-12訪問)