フランスの民俗博物館1ドフィノワ博物館|「民俗資料」の収集保存基準と検索名称の開発:工場部品から日記まで

ドフィノワ博物館

ドフィノワ博物館外観

 ドフィノワ博物館 Musée douphinois はフランス南東部イゼール県の県庁所在地. Isére グルノーブル市 Grenoble にある県立博物館。グルノーブルはアルプスの玄関口にあたり1968年の第10回冬季オリンピックの開催都市である。博物館の建物は市街地北側に広がる丘陵地の麓にあった修道院を改装して使用しており、外観や中庭、礼拝堂などは当時のままに残されている。常設展示は2つ。ひとつはアルプスの暮らし、もう一つはスキーリゾート。どちらも2050年1月まで、約30年間と時間を区切った常設展示。
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グルノーブル周辺に特化した展示

アルプスの新石器時代 歴史展示
左:新石器時代のアルプスの住民、右:近世の行商品の運搬用具や民話

 ドフィノワ博物館があるイゼール県は、フランス第2の都市リヨンの南東側に広がる人口120万人、面積7,400平方キロメートルの大きな県である。日本でいえば面積は熊本県、人口は山口県や奈良県に相当する。北西部は平野や丘陵が広がるが南東部はヨーロッパアルプスの範囲でスキーリゾートで有名である。ドフィノワ博物館は県立博物館ながら展示はグルノーブル周辺のアルプスの玄関口の歴史や暮らしに焦点を当てた展示となっている。新石器時代の出土資料やローマ帝国の考古資料も、近世の行商品の運搬用具や民話もアルプスにゆかりのあるコレクションで構成されている。この博物館は人文系博物館で展示では民俗分野の比重が高い。歴史展示も文書の陳列などは無く、実物資料が大半である。日本であれば歴史展示とは言わないのかも知れない。
 解説は仏語と英語の2カ国語表記。

アルプスの暮らし

 民俗展示は19世紀から20世紀のアルプスの暮らしを主題に、後段にはグルノーブル地方からの海外移民や古写真、オリンピックやスキーリゾートといった「私たちの○○県」のような展示に至る。展示室の雰囲気は日本とは異なる。まず、壁の色が緑がかった落ち着いた水色、そして展示資料の数がうんと少ない。資料1点1点は標本のように陳列され、それは日本と同様。異なるのは個々の道具の使用方法を資料で再現する展示が無いこと。資料は実際の使用場面から切り離されて存在する。美術品として展示される仏像とおなじ。使用の様子は壁一面に引き延ばされた写真が担うということだろうか。  アルプスの暮らしの展示資料は牧畜用具が中心なので鎌などは日本と共通する。独自性のある資料は、牛の首に取り付ける鈴であるカウベル、そして雪国の傾斜地に特化したソリの滑走板と車輪の両方を持つ荷車や犂、ソリに乗せた休憩小屋などである。

ソリ小屋 民俗展示室
車輪とソリが付いた犂 カウベル
上左:ソリに乗せた休憩宿泊小屋、上右:滑走板と車輪の両方を備えた荷車
下左:手押し車と車輪を持つ犂、上右:カウベルのコレクション

 展示資料の多くは釘など一部に金属を用いた木製品である。色彩に乏しく見栄えもしないので壁に水色を用いているのだろう。戸惑うのはパッと見て年代がわからないこと。車輪と滑走板を持つ犂こそ19世紀だが、手押し車は1934年以前、ソリ休憩小屋は20世紀に使われたものと意外に新しい。携帯日時計や鍵も20世紀初め、カウベルも多くが20世紀のもの、なんとなく南洋のものにも見える彫刻を施した杖は19世紀で同じケースの巻き貝の貝殻と焼き印は20世紀だった。イギリスに始まる産業革命がヨーロッパを一巡し、パリで万国博覧会が何度も開催された19世紀末、アルプスの麓ではこのような素朴な生業が営まれていた。日本と同様に前近代から継続する生活と暮らしや生業から切り離された近代世界が同時に存在したことがわかる。アルプスの山も魔界から登山家が自然を賛美する場に変わり、また温泉が見直され鉄道屋道路が通じるようになった。この様子を語る展示もある。

模型と再現室内 再現室内
左:斜面の住宅のジオラマと部屋の再現コーナー、右:複数の資料群で構成された家庭の食堂の再現

 民俗展示は作業場や部屋の再現、ミニチュアジオラマへと続く。冬支度のための村共同のパン釜、陶器の皿や木製の匙が収納された家庭の食堂、たんすのような木製ベッドが並ぶ寝室、学校の教室などが実物資料で再現展示されている。ただし、資料は一括収集ではなく、いくつかの収集元からのコレクションから適した資料を選択して再現構成したもの。ジオラマは精巧で、斜面に埋め込まれたようなアルプスの住宅は石積みの外壁と木やトタンの屋根で葺かれ、牛やニワトリが居て菜園も見える。住宅のミニチュアは一部は屋根を取り払い内部構造が見える仕組み。屋根の素材もさまざまだ。タイトルは「山の住宅の広範な多様性」。

近代産業と移民、オリンピック

タッチパネルでの解説 照明装置
移民の歴史 オリンピックの展示
上左:タッチパネル方式の展示解説は文章を読めるのが当事者だけとなる、上右:天井の照明器具は十分で古い建物であることを忘れる
下左:近代産業と移民の展示コーナー、上右:1968年冬季オリンピックの解説

 民俗展示の後段には地元の産業革命と移民の話があった。グルノーブル地方は水資源に恵まれ水力発電が19世紀後半に始まると電力を基礎にした新たな産業が育っていった。代表的なものに製紙とセメント工業があり、織物産業や手袋の製造が生まれた。とくに刺繍を施した手袋が主要な産品となった。日本の場合、近代化は欧米からの技術と制度の導入により実現したという理解があるためか、江戸時代から続く農業や地場製品と近代が切り離された別物として展示されることが通常である。ヨーロッパだと、近代の産業も伝統産品の製造について地元の発明家が動力化に成功したと一続きの出来事として展示されているように感じる。この見方は検証が必要であるが、ドフィノワ博物館の展示は日本のような近世と近代の分断、地元と外来技術の二項的展示となっており、先の言い方でいえば日本的に見える。少なくとも民俗展示では牧畜から軽工業への転換、まったく別の生業が生じたと描かれている。
 19世紀終わりからは山村から都市への移民が大量に発生、それとともに山岳観光での来ようが生まれ逆に人を呼び寄せる動きも生じた。とりわけイタリア北部からの移民が住み着いた。また、数千人が南北アメリカへと渡り、戻ってきた人たちもいる。移民は今日的な話題である。県立博物館での取扱いは難しい。事実として移民居住者が多く居たとしても、多くの人が期待するのは地元伝来の文化である。賞賛される現代の出来事でもない。近代化と移民の展示は通過することは出来ないが、大きく取り上げることも難しい。小さく簡潔な展示は、そんな内容への回答のように感じた。  それに比べると1968年冬季オリンピックは栄光の歴史として展示するのにふさわしい。ただし、解説は第二次世界大戦からの復興、環境意識の目覚めと保護区や自然公園の設定で脇を固めている。

白い夢:スキーリゾートとロシニョール社の本拠地

スキーの進化 ロシニョール氏
もうひとつの常設展示はスキーとリゾートで壁も天井も照明も白い、スキーのコレクションの中央に見えるのがロシニョール社の創始者と1933年同社製品

 もう一つの常設展示はスキーとリゾートが主題。内容としては民俗展示に少しあった近代登山と温泉旅行を受けた現代的内容といえる。スキーリゾートの発達がテーマなので地図や写真、ポスターなどの印刷物が中心。それを映像が補う。実物資料はスキー板が主体となり、重要資料は1968年冬季オリンピックの聖火バトン、そしてゴンドラが天井からぶら下がっていた。めずらしいスキー板やスノーボードは若干あるものの品揃えの少ないアウトドア用品店のようで展示としては少し物足りない感じではある。アルプスの立体地図やジオラマが欲しいし、スキー板やブーツそして服の素材や構造の進化や解説などもあったら良かっただろう。
 この展示でも気温上昇と雪不足を心配し、そしてスキーリゾートやアルプス観光の業態変化も視野に入れた解説がある。過去を振り返り未来への展望を語るという締めくくりであった。これは日本の民俗展示や郷土博物館ではあまり見られない筋書きである。強引なまとめであっても、切実な訴えならなおさら、博物館の現代的役割を意識して体現した展示といえるだろう。2025-3-7訪問
【参考ページ】
Musée dauphinois | Portail des Musées ドフィノワ博物館トップページ
Alpins 7000 ans d'histoires | Portail des Musées アルプス 7000年の歴史 展示解説書(フランス語)へのリンクあり
Le rêve blanc. L'épopée des sports d'hiver dans les Alpes | Portail des Musées 白い夢 アルプスのウィンタースポーツ叙事詩 報道向け資料(フランス語)へのリンクあり
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近代登山
アルプスの近代登山と温泉旅行の再発見を語る


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