ヨーロッパ・地中海文明博物館[Musée des Civilisations de l'Europe et de la Méditerranée(MUCEM)]はフランス南端のマルセイユ市 Marseille にある国立博物館。マルセイユは地中海に面し、古くから貿易港であり多くの民族が行き交う場所としてとして栄えてきた。そこに建つ博物館の歴史は3階建てだ。最初は1878年パリ万博の会場となったトロカデロ宮殿に開館したトロカデロ民族誌学博物館[Musée d’ethnographie du Trocadéro]、次いで1930年代にこの資料の一部を引き継いだ芸術・民間伝承博物館[Musée national des arts et traditions populaires(MNATP)]、この博物館が2005年に閉館した後、資料を継館したのがヨーロッパ・地中海文明博物である。開館は2013年。なお、トロカデロ民族誌学博物館の資料を継承した姉妹館には、他にトロカデロ宮殿の場所を引き継いだシャイヨ宮にある人類博物館[Musée de l’ Homme]、第三世界民族芸術品を集めたケ・ブランリ美術館[Musée du quai Branly]がある。
この博物館の現在の常設展示は3つ。博物館が建つ「Saint-Jean砦の歴史」[L'histoire du fort Saint-Jean]、主題の「地中海」[Méditerranées]、2000年以降の収集資料も含めたコレクション展示「人気?」[Populaire ?]。いずれも古典的な資料から現代の物品までを新たな観点から語る展示である。この博物館の展示は日本人にとっては唐突で解説が難しく言葉の壁もあって、日本語のネット情報は外観や建築、隣接した城跡からの景観などを記したものばかり目立つ。
主題の「地中海」の展示について公式サイトは「美術史と民族学が地中海の「イメージ」の創造にどのように貢献してきたかを発見することで、これらのイメージがどのように形成され、広まってきたか、特に美術館の役割を検証する」[DeepL翻訳]と語る。実際の展示は地理的には古代ローマを範囲にしており、その正統な後継者を自認するヨーロッパに加え、北アフリカや近東まで含めて古代古代の継承者として扱っている。展示にはおなじギリシア・ローマの継承者でありながら、西欧は南や東の地域を植民地として支配し他者としてきたことを映像も加えて検証している。その区分や他者性の創造には美術館や民族学博物館も加わったことも含めて。この歴史や反省は現代の北アフリカからヨーロッパへの移民問題にもつながる視点だ。EU域外の彼らは遠い親戚やもしかしたら家族なのか、それとも異文化の住民で他者なのかと。
後述のとおり、展示テーマは地域や年代で区切ることはせず、絵画や彫刻、陶磁器やガラス器など資料の物体としての特徴で区分けされている。結果、近世近代の物品が隣り合わせに、古典古代の彫刻と近代の写真が並べて陳列されている。この博物館は通俗的な歴史や理解の再解釈も目的であるので、表題となる言葉や解説文章が解釈への導きとなっている。
訪問時に特別展は3つ開催されており、そのうち2つを観覧した。公式サイトによると、特別展「さあ、舞台へ!」は道化師や曲芸師などサーカスや演芸の痕跡の映し出された儚さとファンタジー、遺物と不穏な祝祭の繊細な物語だという。今回の訪問は民俗資料の展示や名称を知ることが目的だったので、深く鑑賞する気持ちがなく、実際に見ても理解困難でさらっと見ただけだった。これから記すのは後日に写真やネット情報からの構築となる。展示コーナーの入口には詩人のアポリネールの「しかし、観客は皆、自分の中に奇跡の子を探していた[Mais chaque spectateur cherchait en soi l’enfant miraculeux]」やボードレールの「誰の感受性も軽んじてはならない。それぞれの感受性こそがその人の才能である[Ne méprisez la sensibilité de personne. La sensibilité de chacun, c’est son génie]」の言葉が壁に記され、サーカスを題材にした近代絵画がある。サーカスや大道芸に対する芸術家の解釈をまず見ることになる。展示室に入ると綱渡りの映像や縄ばしごと網がぶら下がるの円く囲われた作品が現れる。明らかにサーカスを題材にしたもので、周りには出演者たちの衣装を着たマネキン、巨匠が描いた絵画などがある。これはオペラのような総合芸術を意識したもので没入して体感する展示なのだろう。鑑賞は入口で出会った制作者によるお題を心に留めておき、知っているはずの衣装や装置、登場人物や動物と新に出会うという筋書きに思える。
なお、過去の特別展のウェブページは公式サイトから閲覧可能で、関わったスタッフの名前も記されている。この展示の監督者は著名な作家、演出家、視覚芸術家であるマシャ・マケイエフ[Macha Makeïeff]氏とのこと。展示タイトルの和訳は「2025年にフランスで楽しみたい、見逃せない美術展|フランス観光開発機構公式サイト Explore France」を引用した。主題を直訳すると「出発!」あるいは「さあ始めよう!」となる。
もう一つの観覧した特別展は「帰還:地中海回帰の経験」[Revenir Expériences du retour en Méditerranée]。これも現代美術的な展示で、小さく地味な資料で構成された展示室全体が訴えかける。資料1点1点を見せるというより多数の資料の構成から移民の経験を追体験する、心の内を垣間見るといった内容だった。空間を移動して時間は自分で決める映画のような展示というのだろうか。資料はパスポートの個人情報欄や出入国印、移動経路が描かれた地図、荷物を満載した自動車など引っ越しや移動の写真、どうということのない肖像写真などで構成される。移動を象徴する美術作品はあるものの、うっとりするような芸術作品、珍しい道具や変わった形状の品などは無い。日常的で目立たない、それでいて個人の出自や遍歴を証明するようなものたちだった。とにかく文字や文章の役割が大きく、その場で展示を理解するには仏語の十分な理解力や速読能力が必要。英語はコーナー解説にはあるものの、とりあえず読める程度だと文章全体で何が言いたいのかがわからない。翻訳書の章とびらに詩や文学作品の抜粋が掲載され日本語になってはいるが意味不明といったところ。自分の場合は「展示体験の失敗」というのかこちらの理解しようとする努力を拒絶するような展示に感じてしまった。
というわけで、この展示については Revenir – Expériences du retour en Méditerranée au Mucem やそこに引用されたMUCEMの報道資料を参照すると、展示に先立ち2016年から調査を開始、イタリアのプロチダ島や北マケドニア、イスラエル、ギリシャ、ヨルダンなどで現地調査を実施、写真や映像の撮影や資料の収集を行なったという。この特別展はその成果発表といえる。
常設展「人気?:コレクションの逸品」が訪問の目的だった。噂どおり日本の郷土博物館とは全く異なる展示空間で、資料は元あった場所から切り離され単体で展示されていた。強いて言えば国立民族学博物館の展示が近い。美術品としての仏像の展示もおなじ路線だろうか。民具や道具用具の展示は、実際の使用場面を想定した高さや向きで陳列するという考え方があるが、ここの展示は全く異なる。椅子や容器が頭上にあったりする。それから商品や広告、土産品の展示も目立つ。日本の民俗展示は近代や近代化、商売の展示を避ける傾向がある。商店街の展示は販売や経済経営ではなく、街並みや賑わいといった社会的な文脈での展示が通常だろう。日本の郷土博物館や民俗展示のもう一つの特徴は地域特化主義、純粋な地域性の主張に見える。フランスでも郷土展示を行なう博物館は存在するが、ここMUCEMの展示はそれとは真逆といってよい。多文化、多民族、多様性、交流交換、などを全面に出した民俗資料の展示はどうなるのか。その回答はこの常設展示となる。
この常設展は展示テーマの構成が独特である。展示テーマは、自然 Naturalia、絵画 Peinture、建築と家具 Architecture et mobilier、彫刻 Sculpture、ファッション Mode、陶磁器 Céramique、金属 Métal、ガラス Verre、の8つで、地域や年代、国や民族は区別せず、表現や目的、素材などで区分けしている。ヨーロッパや北アフリカ、近東の文化を通覧する博物館であるので、地域や国家による違いや細かな民族や文化の特性の強調よりも、地中海文明としての一体性やそのなかでの変異と見せる意図によるものだろう。
ヨーロッパ・地中海博物館の展示の隠れた主題は、人類の創造性なのかも知れない。この常設展示の内容は自然の素材を華やかな宝飾品へ加工する技術や発想、彫刻にしても自然物の模倣よりも想像物を多数展示する。これらは生産性や合理性とは離れた想像力の賜物である。技術や道具はそこから逆算して作られたもの、想像力こそ文明の牽引力だと伝えたいのかも知れない。知恵といっても日本の民具や地域文化の展示で見られるような自然や環境への適応力ではない。それを超えた一段上の高みにある文化、といっても高級文化や芸術ではない。日常の暮らしを彩る家具や食器、ファッションや宝飾品を生み出す技術と想像力を感じるのである。それがヨーロッパのエレガンスや高級ブランドにつながるかのように。
それはさておき、個人的にはウミガメの甲羅の加工品やべっ甲製品が見られて満足であった。(2025-3-10訪問)
【公式サイト】
Homepage - Mucem 博物館公式サイト(英語)
【参考ページ】
マルセイユの欧州・地中海文明博物館(MuCEM) フランス観光開発機構公式サイトによる博物館の沿革と使命の日本語での紹介
Revenir – Expériences du retour en Méditerranée au Mucem 特別展「帰還:地中海回帰の経験」の批評記事[本文からの再掲]
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