鳥獣と家畜のあいだ—近代日本の毛皮産業と牽引力

寺田弘旧蔵毛皮文献コレクション「寺田文庫」

概要

寺田弘氏近影
 寺田弘旧蔵毛皮文献コレクション「寺田文庫」とは、寺田弘氏(1933–2003)が生涯をかけて収集した毛皮関連の書籍や雑誌、写真、文書などの文献資料である。寺田氏は新潟県水原町(現・阿賀野市)の出身、北海道大学獣医学部を卒業、日魯漁業(後に日魯毛皮→ニチロ毛皮)網走ミンク飼育場に勤務した。長く場長を務め、業務として養殖や鞣しの技術情報を収集したほか、出張を重ねて国外市場にあたり、毛皮の歴史や文化の紹介に努めた。戦後に興ったミンク養殖業の中心的役割を果たし、毛皮産業では文化面のリーダーといえる存在であった。また、寺田周史の筆名で文芸活動をおこない、フィンランドなど外国との交流にも熱意を持ち、アイヌ資料の収集でも知られる。
 寺田文庫は、社用業務の参考資料として購入したと思われる書籍や雑誌、社内研修用として自らの指示で編集させた資料や業界の研修資料のほか、個人に集めた古書類、そして戦前の毛皮産業の技術面での指導や実務を担当し、後に網走ミンク飼育場の顧問として迎えた犬飼哲夫や三島康七の旧蔵資料が含まれる。
 毛皮産業は毛皮獣の捕獲や養殖から服飾品の小売り販売まで幅広い。大きく分けると2分でき、野生獣の猟業や狩猟、毛皮動物の企業や家庭での養殖から鞣し加工前の原皮出荷までの捕獲養殖部門、そして原皮の鞣しや加工、縫製、デザイン、小売りといった製造販売部門である。この両者の結節点が原皮のオークションとなる。そのようななか、寺田文庫は捕獲養殖と製造販売の両方の資料を幅広く含んでいる。
 幅広い資料の内容は、毛皮獣養殖や毛皮製品製造の技術的な情報に加え、毛皮の歴史など人文学も含んでおり、日本に毛皮の文化を広げようとした熱意と実践の跡が読み取れる。
 いずれも国内の図書館では所蔵館が無いかごく少数に留まる希少文献である。寺田文庫やその他の旧蔵品は北海道網走市の筆者宅で保管されている。利用方法については下方に記している。

コレクションの構成

網走飼育場のパンフレット「日魯ミンク場の概要 」
 筆者は寺田氏とは面識があったが、知り合った後まもなく病気で体調を崩され、コレクションに関した聞き取りはおこなっていない。いきさつがあり自宅で蔵書を預かることになり、唯一、毛皮に関する文献は「門外不出ね」という言葉を知るのみである。寺田文庫の構成は蔵書印や書き込み、古書店の売札、輸入代理店の納品書などからの推測による。
 寺田文庫は寺田弘氏の旧蔵品のうち、雑誌や単行本などの図書資料について整理したものを指す。コレクションの構成はおおよそ次の4つからなる。1)国内の毛皮業界やミンク養殖業の業界紙など事業者として購入した業界資料、2)ニチロ毛皮の社員研修資料や情報源として購入した研修資料、3)北海道帝国大学や農林省毛皮事業担当者の執筆や旧蔵の毛皮や野生動物に関する戦前資料、4)寺田氏が独自に進めた毛皮やアイヌ文化に関連した収集資料、である。資料の形態は、1−4に共通して雑誌や単行本、論文別刷、パンフレット、写真、配付資料などさまざまである。いずれもパソコンやインターネットが存在しない時代であり紙媒体の情報を積極的に収集したものである。また後付けの区分けであり、複数の要素に属するものや区分けが難しい資料もある。
 これらの他に寺田氏の旧蔵品として、5)網走ミンク飼育場の計画図や写真などの飼育場資料などニチロ毛皮の社内資料、6)社用私用の両方を含む手紙や写真、7)獣医学関係の雑誌や単行本、8)新潟県の民話や民俗学関係、北欧関係、長唄、旅行に関連した書籍類、9)新聞切り抜き帳などがある。加えて、10)妻の寺田登澄子氏のアルバムも保管している。5−10の多くは箱単位での整理状況となっている。
 目録ではコレクションの構成についての情報は掲載していない。

1)業界資料
 同時代の雑誌やムック、単行本からなる。業界紙では毛皮新報社(後に日本原毛皮協会を経て日本毛皮協会)が発行していた「毛皮新報」(35–534号号 1953.1.1–1984.8.15)のほか、服飾分野の情報誌「Furs 毛皮国際情報誌」(ファーコミュニケーション 1977.1.1–1994.8.15 1–159最終号)、「毛皮ジャーナル」(河北出版 1976–2002 1–300号)や「ストックグラフ」(ストック小島 1963–1989)、「北海道ミンク新聞」(北海道農村出版協会 1962.8.10–1981.6.30 1–227最終号)、海外雑誌では「Fur Review」(1963–1989 最終号含む)、「Furs International」(1963–1966)、「Pelzmotte」(1966–1992、意味は fur moth )、「Beaver」(1963–1972)などを含む。
 単行本は少なく、ムックでは「レディブティック 毛皮の本」(1977–1992)が揃っている。単行本は少ない。資料価値が高いのは日本ミンク協会技術研修部会が作成した「研修会資料」(1–63、1971以前–1982)である。オリジナルまたは既存資料の採録によるB5判の謄写版で著者名や所属機関が記されており、北海道のミンク養殖業を支えた試験研究機関や技術、人脈などが見える。

2)研修資料
 カナダやアメリカなど北米を中心に、ソ連やヨーロッパを含む国外文献が多い。単行本では野生毛皮獣の捕獲方法、キツネやミンクの養殖技術、鞣しの技術書、服飾の歴史や毛皮に関連するシンボルなど人文学の文献などである。これらの和訳やその他の資料を集めB5判のタイプ印刷に仕立てた「社内研修資料」が10タイトル存在する。「社内研修資料」は社員研修のために編集した冊子であるが、対象者は網走ミンク養殖場に加え、ニチロ毛皮本社や販売部門までをも想定していたようである。内容は、野生と養殖の毛皮動物を網羅した辞典、ソ連や中国といった国別の毛皮事情、ヒツジの毛皮の総説、鞣し技術など多岐にわたる。前述した「Fur review」や「毛皮新報」などの雑誌記事や新聞の切り抜きをまとめたものもある。

3)戦前資料
 農林省の嘱託や毛皮獣養殖所の技師であった三島康七、北海道帝国大学教授の犬飼哲夫の著作や旧蔵資料、写真を含む。三島康七の旧蔵品には代表著書「毛皮」(三島 1937)を含む養狐やヌートリア養殖の実用書、毛皮雑誌、農林省毛皮獣養殖所の年報などの出版物のほか、札幌市内や日本各地の毛皮獣の養殖場、満洲の毛皮獣や販売状況などの記録写真を収録したアルバム「毛皮」は貴重なものである。
 学術論文では、犬飼哲夫の論文や学会発表予稿を数多く所蔵する。野生動物に関連した著作に加え、本来の専門のヤツメウナギの発生学のドイツ語論文などを含む。

4)収集資料と翻訳
 戦前の雑誌、毛皮利用の歴史やヨーロッパの服飾関係の単行本が多い。ドイツ語の文献が目立ち、なかでも郵便切手を導きに図版を多用した毛皮動物事典「Jury Fränkel's Rauchwaren-Handbuch」[ジュリー・フレンケルの毛皮製品ハンドブック](Franke and Kroll 1988)は別版(1965, 1976)を揃え、寺田周史名義の著作「毛皮 その種類と背景」の手本としたようである。
 雑誌は1930年代の養狐養狸養兎が盛んだった時期の個人事業者向けの雑誌が揃う。「毛皮時代」(1934–1936)、「毛皮産業」(札幌養狐組合 1938–1941)、「毛皮日本」(毛皮日本社 1939–1940)、「毛皮獣研究」(1939–1940)、「毛皮動物」(1939–1940)、「家畜獣之研究」(1939–1941)などである。いずれも欠号がある。ほかに毛皮販売店や養狐場、アンゴラ兎のカタログやパンフレットがある。
 加えて、岸田久吉が主宰した「Lansania」(79号 1936)、ここからの別刷としてエゾナキウサギの記載論文「Diagnosis of a new piping hare from Yeso」(Kishida 1930)、エゾオオカミを記載した「Notes on the Yesso wolf」(Kishida 1931)を所蔵する。
 また、大泰司諭元広島大学教授に依頼したドイツ語文献の翻訳ノートが複数作成されている。このうちAus dem Reiche der Pelze (zwei Auflagen)(Brass 1925)[毛皮の国から]とDie Kürschner und ihre Zeichen(Larisch 1928)[毛皮職人とその象徴]はノートのスキャニングとテキストデータ化を終えている。ただし、翻訳の校閲が未了のため閲覧は事情を了解した研究者や関係者に限定する予定である。
蘭山会機関雑誌「Lansania」
大泰司諭元広島大学教授ドイツ語文献翻訳ノート

参考文献
寺田周史. 1977. 毛皮 その種類と背景. 舟蕃舎, 東京. 222pp.
寺田澄史編. 2005. うばらない夜話. 舟蕃舎, 東京. 180pp.
齋藤玲子. 2007. 北海道立北方民族博物館所蔵の寺田弘氏収集資料について. 北海道立北方民族博物館研究紀要, 16: 99–104. http://hdl.handle.net/10502/5617

利用方法

 寺田文庫は著者の自宅で保管しています。貸出はできませんが保管場所での閲覧や複写は可能な限り対応します。希望の方はメールで連絡をください。アドレスは最下部に記載しています。上述のとおり目録に収録していない未整理資料があり、毛皮関連の文書や文献も含まれます。
寺田文庫目録 エクセルデータです
寺田文庫目録(研修資料) エクセルデータです


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