明治大正期等の漁業統計を用いて海獣類の過去の分布状況を推定した。統計書の信頼度は研究者による調査報告に比較して低いと考えられるが、科学調査実施以前の野生動物の分布と捕獲状況の推定に有効な資料と考える。ここでは北海道と沖縄の事例を紹介する。
北海道(千島を含む)で記録があったのは、鯨類のほか、アザラシ、トド・アシカ、オットセイ、ラッコで、地域区分は郡別で得られた。アザラシの記録はオホーツク海沿岸から根室地方にほぼ限定され、日本海沿岸では記録がなく、太平洋側の厚岸の記録はゼニガタアザラシと推定された。1950年には網走でアザラシと推定される「他海獣」が24,000千円以上水揚げされた。トド・アシカでは「海驢(アシカ)」が南千島や根室に加え、道南の渡島半島西部の松前で記録されていた。オットセイは少数が噴火湾沿岸で記録され、ラッコは明治初期は択捉島の北側がおもな猟場で、その後は中部千島に移り、大正から昭和前期はウルップ島へと捕獲地の移動が見られた。沖縄ではジュゴンに関して情報が得られ、現在は生息情報がない石垣島と西表島での捕獲が数量期間ともに最も多く、明治末までの分布の中心と推定された。捕獲数と捕獲地域の減少から、沖縄地方のジュゴンは伝統的漁法によって大正時代初期までに僅少となったと推察された。
今回用いた北海道や沖縄県発行の統計書は、国の統計に比べ地域情報が詳細で、種の数も多い。両者とも大正時代中期で海獣種の項目設定がなくなるが、これが全国的傾向かどうかは未知である。補助資料あるいは対照資料として官公庁の報告書や博覧会の出品目録、古写真などが利用可能であり、野生動物研究の視点からの資料調査が求められる。
近代初期の統計資料の利用は、本州方面ではニホンアシカの分布状況やコククジラなどの沿岸性鯨類の回遊経路の推定にとくに有効と考える。