「第3世代の博物館」(伊藤 1993)の先駆例、あるいは「放課後博物館」(浜口)で知られる平塚市博物館の教育普及事業とはどのようなものなのでしょうか。「平塚市博物館年報」第46号(2021年度版、平塚市博物館 2023. 112pp.)からその概要をまとめてみました。
公立博物館ですので設置者の平塚市の人口や財政状況について2021年度の状況を見ると、人口257,689人(2021年12月)、財政規模は純計決算額(歳出)1,702億円、一般会計歳入決算1,105億円(自主財源比率51.5%、地方交付税28億円で構成比2.7%)という中規模の市で良好な財政状況にあります*。また、平塚市は地方自治法の施行時特例市に指定されています。そのなかで2021年度の平塚市博物館の予算は、博物館費82,899千円、市史編さん費5,652千円。いずれも人件費(正職員の給与や手当、共済費)は含みません。委託料は施設管理を含みます。職員数は市史編さん担当含め14人、うち学芸員は8人で考古・歴史・民俗・生物・地質・天文の6部門をカバーしており、考古と天文の学芸員がそれぞれ2人います。ちなみに、館長も元は本館の学芸員ということです。総入館者数は39,842人でした。
*令和3(2021)年度平塚市一般会計歳入歳出決算_審査意見書 pdf 1.3 MB
「年報」の内容は、大項目は、I. 運営、II. 教育普及活動、III. 調査・研究・収集活動、IV. 市史編さん事業の4項目からなります。年報を見てまず気付いた内容は「運営」に「資料の館外貸し出し」と「資料の特別利用」が記載されていることです。博物館は資料の保存が本質にあり、その派生として資料の利用や活用、展示が可能となります。ところが年報となると展示や事業は間違いなく記載されるのに対し、資料の利活用は内部文書の記述に留まることが多いように思います。それらの事項が出版物として公刊され、広く知られるのはとても重要と考えます。
以下、「II. 教育普及活動」について概要を紹介しています。「○」で始まる項目は、おおむね年報では全角の算用数字で記された中項目に相当します。なお、年報は紙媒体のみでインターネットへの掲載はありません。これは資料の寄贈などで個人名が記載されているためと推察しています。
なお、このページでは下の報告に記載されなかった事項として作成したものです。
宇仁義和. 2024. 地方博物館の教育事業の多様性と学芸員の役割. 全博協研究紀要, 26: 1–16. PDF 1.1 MB
○特別展
2021年度の特別展は3回実施、展示期間は2−3か月、毎回の講演会や関連事業を開催して図録も発行されています。年報にはアンケート結果が掲載され、観覧者の年齢や情報の入手法、展示の感想や評価を図表にまとめ、自由回答欄の意見や感想の記述を収録しています。記述は相当量あり、夏期特別展「平塚空襲 その時、それまで、それから」では10ページにおよんでいます。文章もおそらく固有名詞を除き原文のままでしょう。
夏期特別展「平塚空襲 その時、それまで、それから」(7/16–9/5):講演会1回138人、展示解説会1回23人(別に1回予定されるも緊急事態宣言により中止)、図録1000部
秋期特別展「神奈川の大地・1億年の記憶」(10/23–1/10):講演会1回48名、観察会3回54名、展示解説会2回54名、図録1000部
春期「掘り起こされた平塚IV—姿をあらわす遺跡たち」(3/19–5/8):探訪会1回16名(別に1回予定されるも雨天により中止)、展示解説会2回24名、図録1000部
○博物館文化祭(2/5–2/20)
博物館を拠点に活動する活動の展示・発表・実演の場です。参加団体は7団体で、各団体が展示を1つづ作っています。ほかに、活動報告が1団体1回あり22人が参加、実演が2団体が各1回実施、合わせて69人の参加を得ています。
○その他の展示
ほかに、寄贈品展示が9回開催されており、展示期間は各回2週間から1月半程度、ポスト特別展やミニ文化祭展示という展示期間が1月半から3か月程度の企画が6回開催されました。
○自由参加・申込制行事
一般対象の教育事業の記述は「自由参加・申込制行事」と「年間会員制行事」の2つに分けています。「自由参加・申込制行事」は全部で12テーマ、回実施で記された参加者合計は人でした。テーマのうち「キノコの観察会」は例年10月に実施しているところ新型コロナウイルスの感染拡大を受け中止、他にも緊急事態宣言の発出で一部中止になったテーマがあります。
【自由参加・申込制行事の一覧】
体験学習 6タイトル11回136人
望遠鏡を作って月食を観察しよう、とりの手羽先骨格標本を作ろう、サメの歯化石のレプリカをつくろう、不思議な板で万華鏡を作ろう、お飾りをつくろう、体験!宇宙飛行士選抜試験
考古学入門講座 3回71人
平塚郷土史入門講座 3回74人
石仏見学会 岡崎の石仏めぐり 1回18人
みんなで調べよう 平塚のカタツムリ 各自実施メールで報告
キノコの観察会 新型コロナウイルスの影響で中止
自然教室 4回大人40人子ども29人計69人
自然観察入門講座 相模川流域ジオツアー入門 2回大人35人子ども0人
星を見る会 6回大人111人子ども93人計204人
天文学入門講座 8回193人
最新天文学講座 1回19人
「平塚学講座(平塚学入門)」 3回36人
○年間会員制行事
これはいわゆる関連団体です。平塚市博物館では「ワーキンググループ」と呼んでいます。ボランティアには違いありませんが、自主活動の会員制団体。学芸員とともに調査研究を実施、出版物による成果発表のほか、展示試料の製作、小学校での体験講座や講話、後進の実技指導までおこなっています。12ページにわたって記述された「年間会員制行事」の層の厚みが平塚市博物館の特徴に思えます。公式サイトのすべてのページ右上に記されたうたい文句《わたしたちは「相模川流域の自然と文化」をテーマに活動している地域博物館》の具体的な姿といえるでしょう。なお、2021年度は新型コロナウイルスの感染拡大や緊急事態宣言の発出のため事業によっては1–2回の中止がありました。
団体活動は恒久的なものではありません。年報の記述によると平成末期や令和になってから立ち上げたり活動開始になっている会が見られます。逆に『放課後博物館へようこそ』で紹介された「漂着物を拾う会」や「相模川を歩く会」の名前はありません。これらは資料や展示、小冊子を残して解散したと思われます。活動に新陳代謝があることで博物館が常に良好な状態を保って行けるのだと感じています。
2021年度の「年間会員制行事」は15テーマ。申込は往復はがきやウェブページ「ワーキンググループ会員募集」から。平塚市の電子申請システムを用いていて、申込期間は前年度2–3月です。
【年間会員制行事の一覧】
古代生活実験室 会員19人、実施8回、のべ参加数91人
平塚の古代を学ぶ会 会員17人、実施8回、のべ参加数64人
東国史跡踏査団 会員30人、実施10回、のべ参加数184人
古文書講読会 会員33人、実施39回、のべ参加数449人
平塚の空襲と戦災を記録する会 会員11人、実施16回、のべ参加数68人
裏打ちの会 会員7人、実施10回、のべ参加数59人
地域史研究ゼミ 会員4人、実施8回、のべ参加数33人
石仏を調べる会 会員16人、実施18回、のべ参加数233人
民俗探訪会 会員23人、実施9回、のべ参加数150人
祭ばやし研究会 会員18人、実施17回、のべ参加数126人
聞き書きの会 会員7人、実施8回、のべ参加数47人
生き物ズームプロジェクト 会員6人、実施4回、のべ参加数9人
地球科学野外ゼミ 会員数不記載、実施8回、のべ参加数301人
天体観察会 会員66人(流星分科会を除きZoom併用、流星分科会はWeb併用)
定例会11回336名、天文学分科会9回195人、太陽分科会ベテラン12回114人、太陽分科会初心者8回97人、流星分科会6回74人
展示解説ボランティアの会 会員14人、定例会15、団体解説3回、定例会での学芸員による研修会7回と会員解説2回。
○学校・地域と博物館
学校の利用では、学校団体の利用、プラネタリウムの小学校4年生のみを対象とした学習投影(29校880名)、学校への資料貸出(4県)、職業体験・社会体験研修・インターンシップと区分して記されています。職業体験は中学校の学習でおおむね1校につき2名の受入、社会体験研修は文部科学省が定める小中高校の教員の研修を受け入れているものです。インターンシップは新型コロナウイルス流行の影響で希望者無しでした。
地域との関係では、講師や執筆などでの学芸員の派遣が21件記されています。
○学術グループの活動
神奈川県の全域を活動範囲とする団体で関連するものを2つ挙げています。両者ともに野生生物の調査が活動目的となっており、採集した標本を整理して平塚市博物館に寄贈しています。活動が博物館の根本である資料収集に直結している団体です。ウェブサイトの「平塚市博物館の概要」に記された「行政区画だけにとらわれるのではなく、周辺部も含めて、広い視野で地域をとらえていこうという姿勢」の具体的な活動と受け取っています。
神奈川県植物誌調査会湘南ブロック 30名。勉強会を月1回実施。
神奈川キノコの会 会員数不記載。
○出版活動
出版活動は販売物から講座資料の印刷物までを含めて記述されている。とりわけ広報誌「あなたと博物館」はページごとに紙面構成に至るまで詳述されています。
研究報告 1回1000部
広報誌「あなたと博物館」 12回2000部
特別展図録 3回1000部
調査報告 1回500部
ポスター 4回300–650部
リーフレット7回2500–4500部
この他に、年間会員制行事会報1テーマ6回120部、行事テキストなどの発行回数と印刷部数を掲載しています。
○インターネット
中項目では「ホームページの運用」と「SNS等の運用」に分けて記載されています。担当者が異なるのでしょうか。ウェブサイト「平塚市博物館」として市役所とは別の独自ドメインで運用されています。
SNS等は、Twitter(現 X)とYouTubeの独自アカウントを持ち、LINEは平塚市公式アカウントを利用する形態となっています。
公式ウェブサイト「平塚市博物館」
Twitter 平塚市博物館【公式】@hirahaku_ 2022年8月2日現在のフォロワー1193、2024年4月20日では2,105人で1,827投稿
YouTube HIRAHAKUチャンネル - YouTube チャンネル登録者数は2022年3月31日までの累計で1,275人、2024年4月20日では2,500人で動画数288本、視聴回数は388,287回となっています。
【関連ページ】
地方小規模博物館の教育事業と学芸員の役割:北海道の事例
地方小規模博物館の教育事業と学芸員の役割:長野県の事例
【関連文献】
伊藤寿朗(1993)市民のなかの博物館. 吉川弘文堂. 190pp.
浜口哲一(2000)放課後博物館へようこそ. 地人書館. 139pp.
鳫宏道(2017)社会教育施設について考える:地域博物館における天文教育—地域で天文分野が機能するための取り組みから pdf 696 KB
向井田ら(2003)市民団体の育成を通した地域づくりに対する博物館の役割
浜口・小島(1977)地域博物館における学芸員と特別展 pdf 1.8 MB
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