北方山草17号掲載(2000)

東サハリン山地と蛇紋岩地帯の植物

東サハリン山地コムソモール山への稜線から北北東方向を望む

東サハリン山地 平成9年(1997)8月13-22日、東サハリン山地の蛇紋岩地帯に行く機会がありました。地質調査に便乗したプライベートな旅行でしたが、超塩基性の土壌による森林限界の下降、生育する特異な高山植物や北海道では見られない氷河期の自然史を伝える植物、そして山火事跡と森林開発の状況を見ることができました。訪れた地域は日本領時代には地形図が整備されなかった奥地で、現在までほとんど報告がなかった地域です。植物には素人ながら、旅行気風の報告をしましたので要約を掲載しておきます。

サハリンの奥地といっても木材生産は長く続けられています。とはいってもヒグマのふんと足跡、トナカイの足跡が多く見られました。川にはカラフトマスの大群にサクラマスが混じり、オショロコマには全長40cmを越える降海型の個体も含まれていました。氾濫原は広くヤナギの大木もあってシマフクロウの生息環境に適していると思いますが、調査はまだのようです。

サハリンの山火事跡 1.日程
8月13日に函館空港を出発、同22日に帰着。東サハリン山地には13日に入り、地質調査の目的地の一つであった標高793mのコムソモール山周辺を15-16日にかけて踏査しました。調査地にはスミルニフから軍用トラックで行きましたが、道路状況はきわめて悪く、川と道が一緒になることも頻繁にあり、場所によってはタイヤの半分が水につかるほどでした。一方、山に入ると林道は斜面を横断するように作られており、沢を越える丸太の仮橋が出水で破壊され、道路寸断のため経路変更を何度も繰り返しました。ようやくたどり着いた目的のコムソモール山付近にちろん道などなく、ヤブこぎの連続です。ただ、北海道と違ってササがないのが救いでした。稜線はハイマツと砂れき地帯、鞍部は池沼になっています。

ところで、登山に使った地図は、ロシア製の10万分の1の地質図でしたが、案内人のロシアの地質研究者はこの縮尺の地図でサハリンの道なきフィールドを歩いています。我々にとってはガイド無しでは歩けない場所ですが。

サハリンの林道 2.観察植物
植物の分類は不慣れなことと、標本の持ち帰りをしませんでしたので、報告では種まで同定したものは少数で、多くは〜の仲間としたか、あるいは?をつけています。また同定は、現地では北海道用のフィールドガイドを用いて、帰国後は写真をもとに他の参考書も利用して行なった。現場で識別できなかった植物は記録していないため、イネ科やカヤツリグサ科の植物の多くは未報告です。訪れた地域はポロナイ川の東側、つまりシュミット線の北側にあたります。このことは、広葉樹の高木がヤナギの仲間とカバノキの仲間だけしか見られなかったことで実感でしました。以下地域ごとに概略を記します。

上:山火事跡の草原。標高609m無名峰の5km東方から写す。下:高密度に林道が走り、崩壊地も多い。ネルピチャ川流域。



1)コムソモール山周辺の蛇紋岩地帯
エゾウスユキソウの仲間 イワギク ミセバヤの仲間 蛇紋岩などの変成岩地帯で、超塩基性土壌の影響を受け、場所によっては森林限界が標高600mあたりまで下がっています。高山植物のなかには、戦前の樺太の植物ガイドに出てくる、ピレオギクやホソバイワギキョウにそっくりな花があった。また、トナカイの足跡が稜線の砂礫地帯にまで見られました。岩石の露頭や砂礫地帯には、ミセバヤの仲間(写真3)、イワギク(写真4)、エゾウスユキソウ?(写真5)などが見られました。森は針葉樹林で、グイマツとエゾマツを主モミ属が少数まじります。下生えとして、ゴゼンタチバナが目立っていました。また一面クロウスゴという場所もありました。
左より、ミセバヤの仲間、イワギク、エゾウスユキソウの仲間

2)東サハリン山地低山部
オタカラコウの仲間 エゾムラサキニガナ ヤナギラン 訪れた地域では、北西部から南部のルクタマ川流域はなだらかな丘陵地帯、ネルピチャ川流域などの北東部は標高は低いが谷が深く、急峻な斜面が続く地形となっていたます(写真7)。急な斜面には、粗雑な林道が高密度に造られており、至るところで岩石や土壌の流出を起こしていました。沢には丸太で仮橋が造られていますが、沢の出水時には決壊し、そのたびに新たに林道を建設することを繰り返しているようです。林道周辺で多く見られたのは次の6種類である:ヤナギラン、シロツメクサ、ヤマハハコ、エゾムラサキニガナ、ハンゴンソウ、コウゾリナ?(写真13)。他にポロナイブキ、オタカラコウの仲間が目立ちました。シロツメクサは今回の訪問地の最深部まで分布していました。山火事跡も多く見られましたポロナイブキはアキタブキよりも、川の流れ沿いなど水辺に生育しているようでした。
左より、ヤナギラン、エゾムラサキニガナ、オタカラコウの仲間

ポロナイブキ Petasites tatewakiana ポロナイブキ群落 3)市街地と海岸
ユジノサハリンスク市街ではエゾニュウ、エゾノヨロイグサ、エゾノキツネアザミ?の3種が花の時期でたいへんに目立っていました。帰化植物も多くみられました。全体に植物相は北海道と似ており、とくにポロナイスクの海岸草原はシカギクの仲間、ハマエンドウ、キタノコギリソウ、シロヨモギ、テンキグサが多く斜里付近と同じような景観でした。


左:ポロナイブキ、右:生育環境は川の流れの近くが多かった

<文献目標> 宇仁義和. 2000. 東サハリン山地と蛇紋岩地帯の植物. 北方山草, 17: 12–20, 口絵. 北方山草会, 札幌.


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