A compilation of Records of Western Gray Whale Eschrichtius robusus and an Idea of Passing Straits.
Yoshikazu Uni (UNIS: Uni's office of Nature-human Interaction Studies)
はじめに
コククジラは最も沿岸性の強いヒゲクジラで,北太平洋の東西に分布し,亜熱帯から極北域にまたがる長大な回遊で知られる.捕鯨の結果個体数が著しく減少したのち,アメリカ大陸沿岸に分布する東部系群は捕鯨開始以前の状態にまで回復したが,中国大陸から朝鮮半島,日本列島,サハリン沿岸を回遊する西部系群は回復が遅く,推定個体数が120頭と極めて危険な状態のままにある.
ところで,東部系群は海生哺乳類研究の先進地アメリカ沿岸に分布しているため,調査や研究の蓄積が大きく大型鯨類では最も研究された種となった.一方,西部系群は海南島から北サハリンに至る,中国・韓国・北朝鮮・日本・ロシアと5カ国にまたがる回遊路を持つ.北緯20〜54度にあたる回遊範囲は,アメリカ側ではメキシコ中部から東南アラスカ南端にあたるが,アジアでは国ごとに進められてきた調査研究も十分とはいえず,国際協力関係も不足している.このことは端的に回遊域全域を一望した図が見られないことに現れている.
この発表では,西部系群コククジラの回遊経路全域の捕獲と漂着,目視記録を集成して地図に示し,このクジラの回遊路全体とりわけ重要な通過海峡がどこか考察を試みる.加えてこのクジラの生息海域の利用と開発の状況も考えてみたい.
図1.東アジアのコククジラ捕獲海域と漂着地、および目視地点
赤色:捕獲または漂着(1901年以降),ピンク:同(1900年以前),黄色:目視(1950年以降)小丸:1-10頭,中丸:11-99頭,大丸:100頭以上
資料と内容
この発表で使用した報告の要約は次のとおりである.引用資料は重複をさけ,重要なものだけを掲載している.
Omura. 1984. History of gray whales in Japan.
江戸時代以降の太地・川尻・津呂・浮津・北九州での捕獲記録の集成.千葉県市川市で発掘された下顎,愛媛県川之江での捕獲記録も紹介.
<引用資料>進藤直作1968『瀬戸内海の鯨の研究』,吉原友吉1976「丹後国伊根浦の捕鯨」東京水産大学論集11:145-184,徳見光三1957『長州捕鯨考』,多田穂波1978『明治期山口県捕鯨史の研究』,木村清治1956「鯨の過去帳」鯨研通信63:144-150,無署名「捕鯨統計」大日本水産会報告104:142-145,多田穂波1968『見島と鯨』(三一書房1997),大槻清準1808『鯨史稿』(日本捕鯨協会1951),高橋新太郎1889「九州の捕鯨業」大日本水産会報告201:85-95,佐賀県立博物館1980『玄海のくじら捕り』,伊豆川浅吉1943『土佐捕鯨史』,無署名1937『津呂捕鯨史』(詳細不明),吉原友吉1974「「鯨御運上和」による幕末の土佐における捕鯨について」鯨研通信278:77-84,渋沢敬三1939『土佐室戸浮津組捕鯨史料』アチックミューゼアム彙報36,ほか.
Kato & Kasuya. 1990. Catch history of the Asian stock of gray whales by modern whaling with some notes of migration.
既存報告の集成,そして朝鮮半島沿岸での砲手の野帳の記録から,近代捕鯨による捕獲累計を提示.
<引用資料>笠原昊1950『日本近海の捕鯨業とその資源』,Andrews, R. C. 1914. Monograph of the Pacific cetacean I. The California gray whale. Memoirs fo the American museum of natural history, 1: 227-287,Mizue, K. 1951 Gray whales in the east sea area of Korea. Sci. Rep. Whales Res. Inst., 5:71-79,Tソnnessen, J. N. & Johnsen, A. O. 1982. The history of modern whaling,Brownell, R. L. Jr.& Chun, C. 1977. Possible existence of the Korean stock of gray whale. J. Mamm., 55(1):208-209,ほか.
王.1999.中国鯨類.
コククジラの黄海沿岸の遼寧省から山東省,浙江省,華南の広東省に至る記録集成あり.博物館資料についての記述もある.
<引用資料>王丕烈1978「黄海須鯨類的研究」動物学報,24(3):269-277,王丕烈1984「灰鯨在中国近海的分布」獣類学報,4(1):21-26,趙永波1997「黄海北部遼寧沿岸擱浅的灰鯨及其資源状況」水産科学,16(3):8-10.
Park(朴). 2001. A study on migration routes of the Asian stock of gray whales. [In Korean]
明治初期の日本の捕鯨紹介本,ソ連の目視記録,捕獲統計,アメリカ捕鯨船の航海日誌から回遊経路を考察.
<引用資料>藤川三渓1889『捕鯨図識』,美島龍夫1899『捕鯨新論』,明石喜一1910『本邦の諾威式捕鯨誌』,中村1925『新潟県天産誌』,米国捕鯨船 Moctezuma 航海日誌(1848年6月27日宗谷海峡でコククジラ1頭を捕獲),朴九 1995『増補版韓半島沿海捕鯨史』,宇仁義和2001「北海道近海の近代海獣猟業の統計と関連資料」知床博物館研究報告22:81-92,Berzin, A.A. 1990. Gray whales of the Okhotsk-Korean population in the Sea of Okhotsk. Paper SC/A90/G28,Seattle,Blokhin, et.al. 1985. On the Korean-Okhotsk population of gray whales. Rep. Int. Whal. Commn., 35: 357-376,,Votrogov, L. M. and Bogoslovskaya, L.S. 1986. A note on gray whales off Kamchatka, the Kuril Islands and Peter the Great Bay. Rep. Int. Whal. Commn., 36: 281-282,ほか.
Yamada et. al. 2002. Recent gray whale strandings around Japan.
2002年10月に韓国蔚山市で開催された西部系群コククジラに関するワークショップ報告文書.1950年代以降の日本沿岸での漂着6例(新宮・小田原・豊頃・寿都・柏崎・宮崎)と目視記録5例(紀伊大島・鳥羽・太地・伊豆大島・大方)の記録集成.
<引用資料> Furuta, M.1984,Kasamatsu & Ishikawa. 1990,Kato, H & Tokuhiro, Y. 1997,Nishiwaki, M & Kasuya, T. 1970
Uni & Kasuya. 2002. Review of historical records of gray whales in Japanese waters.
同上報告文書.明治以降の,北海道苫前・富山県能登村・長崎県平戸・五島・壱岐・対馬,樺太亜庭湾での捕獲と目視の記録集成.
<引用資料>能登村1981『能登村史第2巻』,鳥巣1999『西海捕鯨の史的研究』,成田与作・プロゾーロフ『樺太及北沿海州』(国書刊行会1977),農商務省1889『第二回水産博覧会審査報告』,佐藤隆1900「北海道捕鯨誌」大日本水産会報216:292-296・221:587-592・233:1318-1325,北水協会1935『北海道漁業志稿』(国書刊行会1977)
その他,南部.2003.富山湾におけるコククジラの記録.日本海セトロジー研究会第14回大会口頭発表要旨,無署名.1898.朝鮮海の捕鯨及漁業.大日本水産会報,193,を利用した.なお,捕獲記録は「大日本水産会報」などに異なった統計があるが大同小異である.
結果
これらの記録をまとめたものが表1(略)と図1である.捕獲は対馬海峡付近でもっとも多くなされ,朝鮮半島北東部と宗谷海峡が続く.なかでも20世紀の捕獲はほとんどが朝鮮半島東岸で行われた.これら以外の日本列島の記録は太平洋沿岸に多く,日本海沿岸では少ない.北千島幌筵島の記録は例外的な場所である.北海道のオホーツク海の記録は証拠品なしの目視2例のみだが,国後水道付近の記録は注目される.
考察
西部系群コククジラの回遊経路の分岐点となる通過海峡は,北から宗谷海峡/間宮海峡,根室海峡/国後水道,関門海峡/大隅海峡,渤海/廟島諸島,があり繁殖海域付近ではトンキン湾入口の 州海峡の通過が問題となる.記録集成の結果に考察を加えると,コククジラの通過海峡は次のように推定される.
1.北海道天塩やサハリンのアニワ湾での捕獲が継続してあり,日本海を回遊する個体は,宗谷海峡が北サハリン東岸に至る主経路と推定される.あるいは夏季の索餌海域が北海道付近にまで広がっていた可能性も考えられる.
2.オホーツク海での目視は,1960年代に小型捕鯨船(場所不明)とソ連調査船(国後島北岸)の計2例であり,1995年から濃密な観察が継続中の根室海峡から報告がなく,太平洋沿岸を利用する個体は国後水道かそれ以北からオホーツク海に入る,
3.回遊路西側での情報は少ないが,宮崎での漂着から大隅海峡の通過,目視事例から黄海では廟島諸島を経路とすることが示唆される.
4.間宮海峡の利用と 州海峡の通過は資料不足であり,今後の調査が必要である.
今後の調査提案
この西部系群コククジラの緊急危機は,夏季の索餌海域での原油採掘であるが,回遊路全体を見渡すと韓国や中国沿岸部には工業地帯や重要港湾が多数あり,海洋汚染や騒音,船舶との衝突,など様々な事象が心配される.回遊経路の確定は,保護計画の策定に不可欠であり,各海峡の通過を目視あるいはテレメトリー調査で確実にすることが必要である.とくに宗谷海峡と国後水道, 州海峡での調査が必要と考える.
引用文献
Kato, H and Kasuya, T. 1990. Catch history of the Asian stock of gray whales by modern whaling with some notes of migration. Paper SC/A90/G19 presented at special IWC meeting on gray whales in April 1990 in Seattle, Washington.
Omura, H. 1984. History of gray whales in Japan. pp57-77. In: M.L. Jones, S.L. Swartz and S. Leatherwood (eds.) The Gray Whale, Echrichtius robustus. Academic Press Inc. Ontario Florida. xxiv+600pp.
Park, K.B. 2001. A study on migration routes of the Asian stock of gray whales. Journal of Institute on History of Fisheries. , 8:15-58.Pusan.[In Korean].
Uni, Y. and Kasuya, T. 2002. Review of historical records of gray whales in Japanese waters. Paper SC/02/WGW15 presented at workshop on western gray whale research and monitoring needs in Octorber 2002 in Ursan, Korea.
Yamada, T.K, Uni, Y. and Ishikawa, H. 2002. Recent gray whale strandings around Japan. Paper SC/02/WGW08 presented at workshop on western gray whale research and monitoring needs in Octorber 2002 in Ursan, Korea.
王丕烈.1999.中国鯨類.海洋企業有限公司出版.香港.325pp+XVI.