国立アメリカ歴史博物館は National Museum of American History はワシントンDCにある国立自然史博物館の隣、「モール」と呼ばれるスミソニアン協会の博物館群の西端に位置する。訪問したのは2015年現在も続く大規模な展示替えの最中で、公開されていたのは東側の半分だけだった。ここに交通や電気製品、戦争、アフリカ系アメリカ人、大統領とファーストレディなどの展示室がある。さほど気合いを入れずに行ったのと毎日複写に明け暮れていたため、ここにはカメラを持って行かなかった。写真はすべて iPhone 4s での撮影なので、画質についてはお許しを。
常設展 America on the Move で室内に展示されている蒸気機関車
スミソニアン協会はイギリス人の寄付で設立されたとはいえ、実際には連邦政府による国立の機関である。よって、ここでの展示はアメリカ合衆国の公式見解と見なすことが可能だ。そういう視点で戦争の展示を見てみたい。
戦争の展示は THE PRICE OF FREEDOM: Americans at War という名称で常設展示されている。内容は、独立戦争、植民地拡大戦争、南北戦争、第二次世界大戦、冷戦とベトナム、9.11とその影響の6つのテーマからなる。注目したのは第二次大戦とベトナム戦争だった。
第二次世界大戦の展示は雄弁のひとこと。アメリカから見れば、この戦争は善悪がはっきりと決着している。そしてアメリカの成功を全面的に押し出すことができるからだ。展示の構成は連合国代表はフランクリン・ルーズベルト、枢軸国は東条、ヒトラー、ムッソリーニの3人である。この3人を並べ立て、ファシズムや残忍な行為を軍人や虐げられた人たちの写真で表現する。ちなみに枢軸国3人の背後には当時の旗を配置している。ドイツは鉤十字(ハーケンクロイツ)、イタリアはナチス・ドイツの衛星国だったイタリア社会共和国の軍旗で、どちらも現在は使われない。それに対し日本は旭日旗。自衛隊や大漁旗など今でも使われている意匠で、他の2国と比べかなり微妙なグラフィックに思える。
進むとドイツは全体主義を象徴する写真、日本はアジアで非人道的な行為に手を染める日本兵の写真が並ぶ。日本刀を手に斬首しようとする日本兵はその象徴だ。
一方、ベトナム戦争の描き方はどうか。アメリカによる非人間的な行為は引いた絵でしか示されない。戦場の展示は実質的にヘリコプタ1機で済ましている。しかもアメリカ兵は仲間を助けあげる姿だ。それよりテレビを中心としたメディアと戦争 Television War、といった部分が目立つ。もちろん枯れ葉剤による人的被害の写真はない。血生ぐささはまったく排除されている。
さて核心の原子爆弾の描き方である。原爆のコーナーは、キノコ雲を背後に壊滅的被害を受けた広島の空撮カラー写真という構成だ。死体の写真や重傷者、泣き崩れる人など生々しい絵はどこにもなく、しっかり排除されている。キャプションは「1945年8月6日、アメリカのB29は広島を破壊した原子爆弾を投下した。以降、戦争と世界は永遠に変わった」と無限大の彼方から見たような文章となっている。そこに人間の姿はない。
その下に「最後の爆風」と題された解説文が置かれている。第1段落は、原爆の投下はトルーマン大統領は自ら原子爆弾の投下を命令した、そして日本は数日後に降伏した、である。第2段落の内容は、1945年7月トルーマン大統領は賛否両論のある原子力兵器を使用する決定をした、それはマンハッタン計画の科学者によって戦時中は秘密裏に開発が進められていた。連合軍の潜水艦は日本の商船に損害を与えていた。焼夷弾が何十という日本の都市を破壊していた、そして数個の目標が残っていた。それでも日本は降伏していなかった。硫黄島と沖縄でアメリカ人が膨大な損失を被った。日本の特攻攻撃は2か月間に過去2年間より多くの水兵を殺した。1945年8月6日に最初の爆弾が広島を破壊したとき、百万人以上の兵士が日本攻略に向けて動き出していた。8月9日、2番目の原子爆弾が長崎を壊滅、そして日本は降伏した。
展示は全体を通して血や死を感じさせない構成になっている。それはよい。しかし広島で、長崎で、焼夷弾で何万人が死んだのか、その数字すら記されていない。うがった見方をすれば、そのような疑問が出て来ることを期待した書き方なのかも知れないが。
スミソニアンで戦争を描く際、合衆国の公式見解からはみ出すことは許されない、エノラゲイの展示で起きた議論の結果は、現在も有効なのである、と思わずにいられなかった。
この展示のテーマは「戦時下のアメリカとアメリカ人」である。国際政治や外交、戦場や武器、戦闘戦術を描くのではなく、戦争によってアメリカ人ひとり一人やアメリカの社会がいかに変貌し、その後の国家形成につながったかを問いかけている。これは上手なテーマ設定だと思う。小学生から高校生までの子どもに向けて、どうして国と国が戦争をするのか、先の大戦はなぜ勃発したか、というような大きな問いは無理なのかも知れない。答える子どもがいたとしても、それはどこかで仕入れた知識に過ぎないだろう。その点、この展示のテーマは戦争そのものではなく、ひとり一人の国民に向けている。教員向けの案内を見ても明白で、戦争によって生じた社会や家庭での変化が中心である。これなら、ひとまず政治的な論争や価値観の対立は避けることが可能だ。
日本の場合、先の大戦は負け方が酷かったうえ、国家が国民を消耗品扱いの使い捨てにしてしまった。そのために、明治大正期の戦争を含め、国や社会を形作るうえで戦争がどのように働いたか、という問い自体が立てられなくなってしまった。ただ、戦争は悪だと。戦争はいかん、考えただけでもいかん、戦争になるとピカドンが来るのじゃ、くわばらくわばら。昭和後期の平和教育はこんなもんだった。
それに比べれば、戦争をちゃんと国家や社会のあり方を考える教材として使う、議論の題材とすることが出来るのは健全だし、とてもうらやましい。(2014.1.29訪問)
【行き方】ワシントンDCのモールの西の端
館内地図
展示のウェブサイトはデジタルミュージアムというのか、小さく見づらく辛気くさい。それよりも、教材ページ The Price of Freedom: Learning Resources にあるpdfがわかりやすい。
リーフレット Exhibition Self-Guide
教員向け案内書 The Price of Freedom: Americans at War teacher's manual が便利。
自由の価格:戦時のアメリカ人 The Price of Freedom: Americans at War 展トップページ