ブールハーフェ博物館 Museum Boerhaave は医学と天文学を中心にしたオランダの科学史博物館である。中世後期からの植物画や解剖図、17世紀の臓器標本、人体模型、天体測量具や天球儀、新しいところでは電子顕微鏡もある。オランダが科学の世界を牽引した400年にわたる実物資料が年代順に実物が展示されており、世界的に重要な博物館である。ライデン大学ゆかりの資料も多く、400年続いた大学博物館ともいえる内容だ。
ブールハーフェ Herman Boerhaave 1668-1738 は1800年前後に活躍した医学者で、ライデン大学では医学、植物学、そして化学の学部長を務め、当時の科学界では最高の権威者のひとりで、その名声はヨーロッパ各国に聞こえていたという。現在のオランダは人口1600万人の小国だが、17-18世紀に近代科学の発達に果たした役割は非常に大きい。この展示はその栄光の歴史を実物資料で物語る。展示は20あまりの小部屋からなり、動線は15世紀からの年代順となっている。資料が小型で、その多くが科学史上重要な意味を持っており、床面積以上に見学には時間が必要だ。解説は黄色サインの蘭語と緑色サインの英語との二カ国語表記なのでありがたい。
レーウェンフックの展示コーナー。自作の顕微鏡も展示されている日本になじみの資料に、教科書にも登場するレーウェンフック Antoni van Leeuwenhoek 1632-1723 の顕微鏡が展示されている。彼のコーナーは、実物資料と肖像画、そして同時代の書籍がセットとなっており、単純な陳列であっても見応えがある。主要な資料コーナーはこの組み合わせが基本となっていた。
展示室2・3には植物画や博物学書が多数ある。資料保護のために皮製の覆いがあり、観覧者が自分で外して見るようになっている。博物館の公式ウェブサイトや入館者用パンフレットでの扱いはごく小さいが、中世以来の博物学書や植物画、あとで述べる解剖図も貴重な実物を見ることができるのだ。印刷物の展示室は暗く、資料が収められたケースには革製の遮光シートで覆われている。うっかりすると準備中のケースかと勘違いする。西村三郎(1999)『文明の中の博物学』で描いたとおり、薬草学としてあった植物学が中世の稚拙な知識から急激に近代生物学として発展した様子の出発点から展示しているのだ。押葉標本を貼り付けた生資料本 herbarium などは、学問の未分化どころか出版と標本の未分離さえ目の当たりにしてくれる。それとも巡回展示やトランクキットの先駆形態なのだろうか。
天文学も展示の柱のひとつ。17世紀の展示室には天体観測用の象限儀 quadrant や星座の図絵が数多く展示されている。金属製の資料は模造品かと見間違うほどに輝き、星座の絵は美しい。いま見る星座の絵と変わらない、というより現在の絵が模倣なのだろう。
そのなかで土星の輪や衛星タイタンを発見し、光の波動説を提唱したホイヘンス Christiaan Huygens 1629-1695 の展示が目を引
いた。土星のスケッチの図を含む本、自作のレンズ、そしてプラネタリウムが展示されている。プラネタリウム planetarium というと半球状の天井に星空を投影する映像展示を思い浮かべるが、惑星シミュレータを意味し、その後に天球儀のなかに惑星を組み入れたものに発展した、ということをこの展示で知った。
その頂点が下の写真の中央に見えるライデン球 De Leidsche Sphaera 1665-1672 だ。中央の帯は黄道星座の透かし彫りで、球のなかに惑星が配置され、木星には4つの月まで再現されている(写真)。
博物館の主要な課題である医学の歴史は、時代が下がると解剖図が詳細になり途中経過を描いたものが増えてくる。人体や動物の模型もなまなましくなり、臓器の液浸標本が登場する。右の写真はアルビヌス Bernhard Siegfried Albinus 1697-1770 の展示コー
ナーで、有名な解剖図は彫刻師ラドミラル Ladmiral の仕事とのこと。臓器標本は液蝋 liquid was とホウ酸粉 talcum powder 血管に注入して生きているような外観を得たとのこと。
左はかなり時代が下がって19世紀後半に活躍したオーツォクス Louis Thomas Jerôme Auzoux の人体模型や臓器、動物の模型。彼はパリで模型製作会社を立ち上げ、大小7種類のお男女の模型を販売したという。
手術用具も数多く展示されている。誰が、いつ、何に使用したか。結果はどうだったか、など技術革新の歩みが具体的に記述されている。写真は分娩時に用いられる鉗子(かんし)で18世紀後半のもの。レーウェンフックの顕微鏡もそうだが、特殊器具は秘密にされることがあったが、道具の進化は多くの人が参入することでできたこともわかる。
木製の鉗子。はさみは革巻 1750-1775
展示室には電子顕微鏡に至る数多くの顕微鏡や天体望遠鏡があり、
人工透析機や人工心肺、医療機器などの医療機器の最初期の実物がある。20世紀はじめまでがオランダ科学の輝ける時代、化学や物理の分野でノーベル賞を得た研究に関係する実験装置がいくつもある。化学賞第1号のホッフ Jacobus Henricus van't Hoff 1852-1911 の立体異性体(光学異性体)模型(1875年)、アイントーフェン Willem Einthoven 1860-1927 の心電図計(1902年)、オネス Heike Kamerlingh Onnes 1853-1926 液体ヘリウム製造装置(1908年)など。物理学や化学の教科書の記述はこうして生まれたのだ。科学は人の営みということが実感できる博物館である。(2012.3.4 訪問)
ストックホルムで1897年にゼンダー Gustav Zender が開発したマッサージ機。展示資料はロッテルダム製のもの
【行き方】ライデン中央駅 Station Leiden Centraal から徒歩10分
写真付き資料検索(蘭語)
公式ページ(蘭語) pdf 414KB
博物館によるフリッカー flichr 展示室や資料写真200点以上(蘭語)
Haaglander さんによる資料写真(蘭語)
とても詳しいプラネタリウムの解説「特別展プラネタリウム投影機のしくみ」