ヨーロッパの博物館めぐり6

パリ工芸技術博物館

パリ工芸技術博物館外観

パリ工芸技術博物館 Musée des Arts et Métiers は名前以上の内容を持つ。工芸品に加え、自然科学や産業技術の歴史的資料を集めた博物館である。設立は1794年にさかのぼり、博物館と養成所を併せ持ったフランス国立工芸院として発足、1950年代に養成所は国立工芸院、博物館は国立産業博物館と分かれた。現在の名称は、大規模な改装工事を終え、2000年に再開館したときから用いられている。

フランスの科学

ラボアジエの実験装置 通路で発表会 左:パリの博物館は学級見学がさかん。通路で発表会。右:質量保存の法則を発見したラボアジエのガス測定器、彼は革命政府により断頭台で処刑された。

ヨーロッパの博物館では、高校の教科書に出てくる人物と出会うことがしばしばある。それは科学史でもおなじことだ。フランスの科学者とは誰か。工芸技術博物館ではパスカル Blaise Pascal 1623-1662 とラボアジエ Antoine-Laurent de Lavoisier 1743-1894 が出迎えてくれる。パスカルは計算機、ラボアジエ はガス測定器が展示されている。なかでもラボアジエの展示コーナーは別格の扱いで、悲劇的な最期を遂げたからかフランスが彼を重要視していることがわかる。ほかには温度計、天体観測器、計量カップなど、18世紀までの資料は測定器具や計量器具が非常に多い。メートル法を生んだ国らしい特徴だ。

新しいところではコンピュータやレーザー光線発生装置、自走式ロボットなどがある。電子化された機械は博物館の展示資料としては面白味に欠ける。複雑な機構と真鍮の輝き、巨大な歯車などは機能が直感的に理解できるし、物体として美しい。博物館としては現代の展示は難しいのである。

パスカル Pascal の計算器具 温度計 顕微鏡
レーザー光線発生装置 スーパーコンピュータのクレイ Cray-2 月面走行ロボット LAMA
上段 左:パスカルが発明した計算機、左側の角だけ見えているのが1642年製、正面は1645年製のもの、中:温度計の歩み、右:マグニィ Alexis Magny 1712-1777 開発の顕微鏡、中央左のちいさいものが1750年製、中央右は1751年製。
下段 左:レーザー光線発生装置、中:スーパーコンピュータのクレイ Cray-2、右:惑星走行ロボット LAMA、1990年頃の試作品

フランスの産業技術

パンチカードを載せた織機 ジャガードに先駆けパンチカードを載せた自動織機、1748年製

この博物館は展示テーマを4つの年代(1750年以前、1750-1850年、1850-1950年、1950年以降)に分けて展示している。ちなみに日本語版入館リーフレットによる展示テーマは、科学用用具、材料・資材、建設、建設、コミュニケーション、エネルギー、機械化、交通・運送、教会の8つである。工芸技術博物館の名前からすれば、産業機械あたりが展示の中心となるのだろうか。

京都の西陣織が確立するのは室町時代の1500年頃だが、軽工業として飛躍したのは明治初期(1870年代)にフランスのリヨンからジャガード織機を導入したことに始まる。しかし発明とは改良の別名で、ジャカール Joseph Marie Jacquard 1752-1834 の発明より50年も前の1748年に、ボーカンソン Jacques de Vaucanson 1709-1782 がパンチカードを使った自動織機を完成させていた。実物資料で知る歴史は忘れられない。

映画発祥の国だから映画の映像装置、コウモリ型のプロペラエンジン付きの飛行機 Avion 3 があるが、フランス語の飛行機はここに由来するという。産業技術は、ほかにも時計やオルゴール、印刷機、さまざまな歯車、エンジンなどの実物がある。「建設」では建築現場や工法の模型が大量に展示されている。

階段室の飛行機 大容量発電装置 動画を見る機械 左:円盤する回転をスリットから見る映像装置、19世紀後半
中:円盤を回転させ摩擦で静電気を発生させる装置、18世紀
右:クレマン・アデール Clément Ader のコウモリ型のプロペラ付き飛行機 Avion 3、1893-1897

フーコーの振り子と交通

展示室のレール 展示室のレールの台車 左:レール上を動く台車
右:展示室を貫通するレール

これより先、教会の部分には飛行機や自動車、フーコーの振り子の展示があるのだが、迷子になってしまい残念なことに見ていない。公式ページのバーチャルツアーで確認されたい。なお、工芸技術博物館ではフーコーの振り子のオリジナルの錘を展示しているが、初めて公開実験が行われた場所はパリの高台にある大聖堂パンテオン Panthéon で1851年のことである。そこでは1995年に取り換えられた新しい振り子で、いまも地球の自転を証明し続けている。

この展示を見て思うことは、フランスの近代は政体が安定しない時期が長く、科学者のなかにも悲劇に終わった人物がいたこと、早すぎた発明が人びとの理解を得られなかったこと、実験が失敗に終わり世界史から表舞台には登場しない技術者の存在である。この博物館は彼らの名誉回復や顕彰の場のようだ。イギリスであれば王室があり、廟としてのセントポール大聖堂 St. Paul's Cathedral が存在し、国家の記憶の場所が用意されている。世俗の近くに聖域がいまも生きている。一方、フランスは共和制で合理主義の国である。政教分離も明確だ。聖なる空間は博物館にあるのかもしれない。(2012.3.8訪問)

【行き方】メトロのアール・エ・メティエ駅 Arts et Métiersからすぐ、またはレオミュール・セバストポール駅 Réaumur Sébastopol から徒歩3分
参考ページ MMF—フランス美術館・博物館情報「工芸技術博物館」

パリ工芸技術博物館の通路は教室
パリ工芸技術博物館の通路は教室
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