シテ科学産業館 Cité des science et de l'industrie はパリの北部、やや郊外に建っている。日本でいう科学館なのだが、規模が非常に大きく、たくさんの人で賑わっている。訪れたときは、開館時間前からチケット売り場は長蛇の列だった。数学や音など展示が困難なテーマを上手に見せていることに感心した。ひとくちに科学館といっても、国によって異なるものだ。
科学館の展示は標本ではなく、物理現象を再現する展示装置が主役である。放物曲面にちいさな球を転がしたり、あるいは巨大なシャボン玉(実際には円筒形)のなかに立ってみたり、とっつきにくい理科第1分野を楽しく学ぶことが目的のようである。日本では子ども博物館の一分野のような扱いだ。それにくらべて、シテ科学産業館は中高生や大学生でも満足させる大人の科学館である。
もちろん小学生でも展示を楽しむことは十分可能で、むしろ視覚表現が難しい課題にあえて挑戦してようだ。数学や音声など目には見えない定理や現象を上手に見せている。たとえばピタゴラスの定理。直角三角形の各辺を一辺とする正方形に液体を満たし、回転させることで、中小2つの正方形の液体を大きな方に移し替え、容積が同一であることを実際に見せる。数学的な証明はグラフィックの役目だ。アインシュタインの一般相対性理論が予言した重力レンズの再現では、巨大な重力による空間のゆがみを分厚いガラスの屈折で再現する。何が起こっているか、現象そのものは展示装置が完璧に再現するから、文章による解説がなくても理解可能だ。それからイスや内装は現代的でとってもおしゃれ。この面からでも楽しめそうだ。
音も博物館にとって手強い課題だ。楽器や音楽家の博物館であれば、バイオリンやピアノ、楽譜や人物の写真、楽譜などを展示することができる。しかし、音そのものを展示の主題とするのはとても難しい。シテ科学産業館では音が空気の振動であること、人間の声も楽器の音もその高さは共通していることがピアノの弦を用いた展示装置で耳から確認できる。無反響室では普段は多くの反射音のなかで暮らしていることが実感できる。
映像イメージの展示の主役は錯視、目の錯覚のようだ。さまざまな透視画法や錯視の起こる仕組みを解説しているが、おもしろかったのはばらばらに置かれた壁や柱が特定の位置から見るとちゃんとした部屋に見えるという模型。視覚イメージというより数学の展示と印象が近い。ほかにはコンピュータを用いた映像コントロール、スリットをシャッター代わりにした円筒が回転する機械式の動く映像、色付きの影を映し出す装置などがあった。
上段 左:錯視の仕組みの解説、中:バラバラに置かれた柱や壁、右:特定の場所から見ると整った建築に見える。今日の科学館は技術革新を手放しで喜ぶばかりには行かなくなっている。ここでも科学ニュースという展示コーナーで、環境破壊や原子力発電が取り上げられていた。遺伝子工学の展示ではクローンなど倫理的に議論を呼ぶ話題のなんとか工夫して展示にしていた。それにしても展示困難な課題を展示しようという努力はたいしたものだ。
シテ科学産業館の展示は常設展示と1年ほどの長期間の特別展示からなっている。英語の展示紹介ウェブページよると訪問時の展示は、驚くべきガリア人、科学が変える世界、交通と人類、海と気候と私たち、エネルギーの5つの特別展、そして科学技術展、地球観察の衛星革命、宇宙の大物語、技術革新展、光の遊び、音響、映像、数学、人類と遺伝子、9つの常設展とある。フランス語版では常設展に科学ニュース Science Actualités がちゃんと載っている。展示によってはリーフレットやウェブページも用意されている。入館リーフレットは凝った作りで、家族向けバージョンには子どもの年齢ごとに見所が解説されている。大きな図書館、行けなかったがプラネタリウムや全天映像オムニマックス、水族館まであり、まるで博覧会場のような施設である。(2012.3.6訪問)
【行き方】ポルト・デ・ラ・ビレット駅 Porte de la Villette から徒歩5分
展示紹介(英語)
展示紹介(仏語:常設展示専用ページのリンクあり)