ナショナル・トラストジャーナル1号掲載(1993)

dunham massey mansion
ダンナム・マッシー公園の貴族屋敷。内部の見学も可能

1993年の夏、英国ナショナル・トラストのボランティア・ワークキャンプ「エーコン・プロジェクト」(the acorn ptoject)に派遣される機会があり、そこでの体験記です。これは前年に法人化を果たした日本ナショナル・トラスト協会が、記念事業として行なったもので、6〜7月に応募者のなかから7人がイギリスに派遣された。自分の行き先はイングランド北西部マンチェスター近郊のダンナム・マッシー公園(Dunham Massey)でした。『ジャーナル』には「ナショナルトラスト本場 英国でのボランティア育成プログラム」の見出しで、他の6人の文章も掲載されています。

エーコン・プロジェクト体験記「楽しく働く」

pondwork

ダンナムマッシーは16世紀の貴族の屋敷。現在は鹿が遊ぶ、北海道大学のキャンパスを思わせる心地よい公園となっている。

ベースキャンプはイギリスらしくレンガ造りだった。今世紀(20世紀)始めに建設された納屋を改造したものだという。けれどキッチンは近代的で、厚手のアルミ鍋など道具はよいものが揃っている。キャンプ初日というと日本では長い自己紹介や注意事項の伝達などがセットされているのが普通だが、儀式めいたことは何一つない。リーダーからの諸注意もない。参加者一覧も、日程表も配られない。注意事項や食事当番は玄関に掲示してあるだけだ。けじめがまるでないまま、気がつくとみんなでレクリエーションの時間になっていた。リーダーのアンディは26歳、看護士。サブリーダのローザは8月から社会人。大学で4年間ロシア語を学び、旧東ヨーロッパ諸国の経済コンサルタントとして活躍の予定。16歳から45歳まで、私たち日本人2人を含め男女6人づつ、総計12名が今回のメンバーだ。

上:初日から疲れたポンドワーク。手前側がアイリス(アヤメ)を抜いた場所。高みからの見物者多し。
下:公園内の道路にはみ出た芝生の縁をスコップできれいにカットする。トラクタの運転手はリーダーだ。photo by Izue Toshio

次の日から作業が始まった。炎天下(ちょっとオーバーだけれど)池の中に入りアイroadwork リスを抜くという単純な作業。暑い。じつに暑い。まるでカンボジアで作業しているようだ(これはイギリスで初めて受けたジョークだ)。寒いと思ってセーターを持ってきたのに!北海道だと昼間暑くても夜は冷えるのだが、ここでは夜も気温が下がらない。こういうのが西岸海洋性気候の特徴なんだろうか。丸一日草抜きをしていたので腕がパンパンだ。翌日も池の掃除。もうみんな嫌気が差していて、なかなか作業に取りかからない。長い休憩のあと持ち場につき作業開始。私は働き者のクリフおじさんに引きずられ昨日の残りを引っこ抜く。彼は怪力である。腕力にまかせて次々にアイリスを抜いていく。私は農耕民族の意地にかけ、テクニックで応戦する。

キャンプは肉体労働の一週間だった。私たちは池掃除、草刈り、側溝の草取り、道路にはみ出した芝生の除去作業、門柱の掃除などを行なった。作業内容はかなりくつく、日頃机に向かって仕事をしている人には厳しい内容だ。だけどその分喜びも大きく、受け身的なレジャーでは絶対得られない充実感に満たされること間違いない。労働の成果がそこにあるというのはなんと気持ちの良いことだろう。しかも、いかに働くかは個人が決める。ノルマなどないのである。汚れの激しい作業が嫌ならしなくてもいい、体力的にきついなら、自分にあった働きで許される。あくまで参加者の意思を優先し、とやかく言わない。働き方に関して決して命令しないのである。

エーコン・プロジェクト記念撮影 日本で野外活動をしたときは、号令、命令、大声の嵐になってしまう。多人数の子どもを相手に少数の大人が指導するからこうなってしまうのであるが、軍隊みたいで気持ちの良いものではない。これからの野外活動はぜひとも少人数で行ないたい。それに十分なリーダーの育成、制度的バックアップが必要だ。リーダーのアンディはトラクターを自分で運転していたが、ナショナル・トラストのリーダー育成過程では実技の指導も充実しているらしい。日本ではボランティアに車の運転はさせない。
仕事を終えトラクタで記念撮影、みんないい顔をしています。左から2人目が私です。photo by Izue Toshio

さて、毎朝子どもに電話していたミセス・ルスに参加動機を聞いてみたら「いつもと違うことがしたかったのよ」と。特別に自然が好きだという人ばかりでなく、普通のおばさんも気軽に参加しているのだ。クリフは警官だけど2週間の夏休みを取っていて、前半をこのエーコン・プロジェクトで過ごし、残りをウェールズのリゾートビーチでゆっくり過ごすという。休暇が長いのでワークキャンプをバカンスのメニューに取り入れる余裕があるのだろう。その一方で奨学金の条件を満たす目的で参加している人もいた。会社に勤めている人を対象にした奨励金で参加している人も。こういう制度は日本にあるのだろうか。

晴天続きの10日間、発見の連続だった。普通の旅行では得られない体験と知的刺激があった。エーコン・プロジェクトは参加費わずか35ポンド。宿代食費がすべて含まれている。ぜひ参加されることをお勧めする。こんなにチープで面白い旅行は他にない。

<文献目標> 宇仁義和. 1993. <エーコン・プロジェクト体験記「楽しく働く」. ナショナル・トラスト・ジャーナル, 1: 18–19. 日本ナショナル・トラスト協会. 東京.


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