韓国の博物館めぐり|北野生涯教育振興会助成研究

長生浦鯨博物館|蔚山広域市

長生浦鯨博物館の外観

長生浦鯨博物館[장생포고래박물관 チャンセンポコレパンムルガン、Jangsaengpo Whale Museum]は現代[현대 ヒョンデ]グループの城下町、蔚山[うるさん 울산]広域市にある。運営は蔚山広域市南区都市管理公社による。蔚山が捕鯨の町となったのは、1890年代にロシアの捕鯨会社が捕鯨基地を置いたことに始まる。日露戦争で日本は捕鯨船ほ鹵獲[ろかく]、勝利によって捕鯨基地の権利も入手し、以降の蔚山は朝鮮半島の捕鯨の中心地、本土を加えても鮎川に次いで2番目の捕獲数を誇る捕鯨基地となっていく。蔚山は、その近郊に近代捕鯨から数千年を遡る先史時代の鯨の岩絵、国宝「盤亀台[バングデ]岩刻画」があり、もともとクジラやイルカが数多く訪れる場所だったのだろう。

韓国唯一の鯨と捕鯨の博物館

国宝285号盤亀台岩刻画の展示 東洋捕鯨蔚山事業場
左(上)国宝285号「盤亀台岩刻画」の解説。描かれた鯨類を一つ一つ見て行くとシロイルカなど多くの種類がいるとわかる
右(下)日本時代、東洋捕鯨蔚山事業場の様子。左に見える帆船は鯨肉などの運搬船だろう

鯨博物館は海に面した埋め立て地にあり、屋外には捕鯨船が展示され、隣にはイルカショーが見られる水族館「鯨生態体験館」が建ち、少し離れた丘の上には鯨文化村が控える。ここは、2008年7月に長生浦鯨文化特区として指定された場所で、蔚山広域市南区が施設整備を進めている。その中心が長生浦鯨博物館である。2013年に記された特区の日本語ウェブサイト(削除ずみ)によると、指定理由は「蔚山市南区​​(長生浦等)地域は、現在は産業都市としてのイメージが強いが、歴史・文化的資源であるクジラをテーマとして観光産業を特化・育成し地域経済を活性化し、中・長期的には観光文化複合都市としての発展を図る」ためとしている。

コククジラの模型とニタリクジラの全身骨格 実物の捕鯨船の一部
左(上)天井からコククジラの模型が吊り下げ。全身骨格はニタリクジラ
右(下)館内にも実物の捕鯨船の一部が展示されている。なぜかプラスチック製の滑り台のような遊具が

開館は2005年5月、隣の鯨生態体験館とともに太地町立くじらの博物館が展示や研修、資料などに協力をしている。展示の内容は捕鯨とクジラの生物学の二本立て。かつては捕鯨の展示資料が多かったが、現在は生物学の比重が多く占める。捕鯨の博物館から名前のとおり鯨の博物館になった印象だ。そうなったのは韓国時代の捕鯨基地の等身大ジオラマや搾油道具などは鯨文化村に移されたこと、そして今いる学芸員が古生物の専門家で赴任してから意図的に展示更新をおこなったことが要因だろう。韓国の博物館は展示替えが日本に比べて頻繁にあり、大胆な変更も見られる。お国柄もあるだろうが、なによりも実施可能な資金が投入されていることの証である。

鯨の生物学とコククジラ

鯨類の全身骨格 ミンククジラ頭骨とナガスクジラ下顎骨
鯨の利用と原料の部位 コククジラとロイ・チャップマン・アンドリュース
上段左(上)かつて韓国の捕鯨基地の等身大ジオラマだった場所は鯨類の全身骨格が並ぶ。壁にはカワイルカやオウギハクジラの仲間が複数種。レプリカも混じる
上段右(下)小さい頭骨はミンククジラ、右の大きい後頭骨や左の大きな下顎骨はナガスクジラ
下段左(上)鯨の利用と原料の部位。絵はミンククジラだが製品はセミクジラの髭など他種を材料とするものを含む
下段右(下)この博物館の主題のひとつのコククジラの解説。現在の回遊、1912年に調査をおこなったアメリカ自然史博物館のロイ・チャップマン・アンドリュースについての説明

展示は一般的な自然史博物館で見るクジラやイルカの資料といった印象。かつての蔚山を中心にした捕鯨の展示は近くの鯨文化村に移された。独自色は薄れたといえるが、生き物好きには見応えのある内容になっている。もちろん蔚山を特徴付けるコククジラの展示コーナーは健在。天井からは実物大模型がぶら下がる。鯨のさまざまな部位を用いた製品の展示も忘れていない。なお、解説は韓国語のみ。タイトルに英語と簡体字の漢字が混じる。こういうときは中国語が頼りになる。日本人の入館者はほとんど無いそうで日本語が無いのは仕方がない。

子どもの来館が多いためか展示室には滑り台のような遊具が取り付けられていたり、子ども向けにクジラの下顎骨との背比べコーナーなどがある。訪問時も博物館の入り口前では幼稚園か保育園の遠足だろうか、幼い子どもたちの団体が記念撮影をしていた。

韓国の捕鯨の記録写真 クジラの下顎骨と背比べ
左(上)韓国の捕鯨の記録写真。韓国は国際捕鯨委員会(IWC)に加盟したのが1978年で、それまでは国際捕鯨取締条約に縛られずにナガスクジラやセミクジラを捕獲していた
右(下)クジラの下顎骨と背比べ。子どもの入館者が多く、事故防止のために資料は頑丈に守られている

鯨文化村と周辺施設

長生浦鯨文化特区は水族館や韓国初の護衛艦「蔚山」など見どころが多い。大きな遊覧船のようなイルカ観察船によるクルーズもある。なかでも鯨文化村は蔚山の古沙洞[고사동 ゴサドン]地区の解剖場の再現、鯨油を採る道具や捕鯨砲の実物があり、全体として1970年代頃の韓国を再現した集落となっている。日本でいう昭和レトロのような場所。コスプレイヤーの撮影場所にもなっているよう。加えて1912年に東洋捕鯨蔚山事業場でコククジラの調査をおこなったロイ・チャップマン・アンドリュースの業績を知らせる「アンドリュースの家」も設けられている。

鯨博物館からは歩いても行けるが、小型のモノレールが通じており、ゆっくりとした空中散歩が楽しめる。

モノレールから見た長生浦 鯨文化村の入口
蔚山のゴサドン地区にあった解剖場の再現 ロイ・チャップマン・アンドリュースの家
上段 左(上)モノレールから南、長生浦を見る。左の建物は鯨生態体験館、対岸の画面が切れているあたりに日本時代の捕鯨基地があった。博物館は画面の右方に位置する。右(下)鯨文化村の入口。看板は鯨村[コレマウル]、中央はチャンセンポ(長生浦)。
下段 左(上)再現された蔚山の古沙洞[고사동 ゴサドン]地区にあった解剖場と捕鯨砲。写っていないが奥の鯨体の右方にある上半身は解剖中。右(下)ロイ・チャップマン・アンドリュースの家。彼のコククジラ調査や朝鮮探検の解説がある。表札は「エンドリュスの家」
鯨生態体験館の外壁の立体作品と韓国初の護衛艦蔚山 特別展示未来と希望を込めた彫刻展
左(上)隣接する鯨生態体験館の外壁にはコククジラを中心にイルカが集う彫刻。奥に見える船は韓国初の護衛艦「蔚山」。内部が見学できる
右(下)訪問時の特別展示は「未来と希望を込めた彫刻展」。韓国はアート作品が至るところで見られる

ところで、韓国は現代美術が盛んで博物館にも展示やテーマに関連した作品がよく見られる。長生浦鯨文化特区でも主役のコククジラをモチーフした作品が存在する。日本の感覚からすれば少し突飛な感じもする。そんな自由な発想と行動が韓国らしいところに思える。(2023.5.24訪問)

【行き方】KORAIL東海電鉄線太和江駅から路線バス808番で15分。工場地帯を通って博物館前で下車。停留所の名前が不明でも景色でわかる。運行は20分間隔。駅の観光案内所は英語は通じるが日本語不可だった。釜山からだと途中のオシリア[오시리아 Osiria]駅で下車すれば国立釜山科学館にも行ける。駅から徒歩15分。

日本語の観光案内サイト長生浦鯨博物館(蔚山)|韓国釜山観光-プサンナビ
長生浦鯨博物館公式サイト(韓国語)
鯨文化村公式サイト(韓国語)
鯨文化特区公式サイト(韓国語)


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