長生浦鯨博物館[장생포고래박물관 チャンセンポコレパンムルガン、Jangsaengpo Whale Museum]は現代[현대 ヒョンデ]グループの城下町、蔚山[うるさん 울산]広域市にある。運営は蔚山広域市南区都市管理公社による。蔚山が捕鯨の町となったのは、1890年代にロシアの捕鯨会社が捕鯨基地を置いたことに始まる。日露戦争で日本は捕鯨船ほ鹵獲[ろかく]、勝利によって捕鯨基地の権利も入手し、以降の蔚山は朝鮮半島の捕鯨の中心地、本土を加えても鮎川に次いで2番目の捕獲数を誇る捕鯨基地となっていく。蔚山は、その近郊に近代捕鯨から数千年を遡る先史時代の鯨の岩絵、国宝「盤亀台[バングデ]岩刻画」があり、もともとクジラやイルカが数多く訪れる場所だったのだろう。
鯨博物館は海に面した埋め立て地にあり、屋外には捕鯨船が展示され、隣にはイルカショーが見られる水族館「鯨生態体験館」が建ち、少し離れた丘の上には鯨文化村が控える。ここは、2008年7月に長生浦鯨文化特区として指定された場所で、蔚山広域市南区が施設整備を進めている。その中心が長生浦鯨博物館である。2013年に記された特区の日本語ウェブサイト(削除ずみ)によると、指定理由は「蔚山市南区(長生浦等)地域は、現在は産業都市としてのイメージが強いが、歴史・文化的資源であるクジラをテーマとして観光産業を特化・育成し地域経済を活性化し、中・長期的には観光文化複合都市としての発展を図る」ためとしている。
開館は2005年5月、隣の鯨生態体験館とともに太地町立くじらの博物館が展示や研修、資料などに協力をしている。展示の内容は捕鯨とクジラの生物学の二本立て。かつては捕鯨の展示資料が多かったが、現在は生物学の比重が多く占める。捕鯨の博物館から名前のとおり鯨の博物館になった印象だ。そうなったのは韓国時代の捕鯨基地の等身大ジオラマや搾油道具などは鯨文化村に移されたこと、そして今いる学芸員が古生物の専門家で赴任してから意図的に展示更新をおこなったことが要因だろう。韓国の博物館は展示替えが日本に比べて頻繁にあり、大胆な変更も見られる。お国柄もあるだろうが、なによりも実施可能な資金が投入されていることの証である。
展示は一般的な自然史博物館で見るクジラやイルカの資料といった印象。かつての蔚山を中心にした捕鯨の展示は近くの鯨文化村に移された。独自色は薄れたといえるが、生き物好きには見応えのある内容になっている。もちろん蔚山を特徴付けるコククジラの展示コーナーは健在。天井からは実物大模型がぶら下がる。鯨のさまざまな部位を用いた製品の展示も忘れていない。なお、解説は韓国語のみ。タイトルに英語と簡体字の漢字が混じる。こういうときは中国語が頼りになる。日本人の入館者はほとんど無いそうで日本語が無いのは仕方がない。
子どもの来館が多いためか展示室には滑り台のような遊具が取り付けられていたり、子ども向けにクジラの下顎骨との背比べコーナーなどがある。訪問時も博物館の入り口前では幼稚園か保育園の遠足だろうか、幼い子どもたちの団体が記念撮影をしていた。
長生浦鯨文化特区は水族館や韓国初の護衛艦「蔚山」など見どころが多い。大きな遊覧船のようなイルカ観察船によるクルーズもある。なかでも鯨文化村は蔚山の古沙洞[고사동 ゴサドン]地区の解剖場の再現、鯨油を採る道具や捕鯨砲の実物があり、全体として1970年代頃の韓国を再現した集落となっている。日本でいう昭和レトロのような場所。コスプレイヤーの撮影場所にもなっているよう。加えて1912年に東洋捕鯨蔚山事業場でコククジラの調査をおこなったロイ・チャップマン・アンドリュースの業績を知らせる「アンドリュースの家」も設けられている。
鯨博物館からは歩いても行けるが、小型のモノレールが通じており、ゆっくりとした空中散歩が楽しめる。
ところで、韓国は現代美術が盛んで博物館にも展示やテーマに関連した作品がよく見られる。長生浦鯨文化特区でも主役のコククジラをモチーフした作品が存在する。日本の感覚からすれば少し突飛な感じもする。そんな自由な発想と行動が韓国らしいところに思える。(2023.5.24訪問)
【行き方】KORAIL東海電鉄線太和江駅から路線バス808番で15分。工場地帯を通って博物館前で下車。停留所の名前が不明でも景色でわかる。運行は20分間隔。駅の観光案内所は英語は通じるが日本語不可だった。釜山からだと途中のオシリア[오시리아 Osiria]駅で下車すれば国立釜山科学館にも行ける。駅から徒歩15分。
日本語の観光案内サイト長生浦鯨博物館(蔚山)|韓国釜山観光-プサンナビ
長生浦鯨博物館公式サイト(韓国語)
鯨文化村公式サイト(韓国語)
鯨文化特区公式サイト(韓国語)