日本微生物系統分類研究会

会長挨拶  [2007年12月]

日本微生物系統分類研究会  会長 江崎孝行

 平成20-21年の期間の日本微生物系統分類系統研究会の会長をおおせつかったのを機会に,ご挨拶をさせていただきます.第27回の年次大会が富士桜荘で開催され,思いを新たにしております.富士桜荘での第3回の年次大会に私は初めて参加いたしました.以来,24年間,この会を通じて,微生物の系統分類学を学んでまいりました.今回,会長をひきうけさせていただくにあたり,駒形先生,杉山先生,および会員の方への長年のご指導に報いるために,今後は若手会員の将来をサポートする情報を発信するサービスに徹する決意でおります.もともと病原細菌しか知らない私には,会長の任は責任が重いのですが,幸いこの会には原核生物,真核生物の両方の分類学を研究しておられる先生方が多数会員として参加しておられますので,ご助言をいただきながら運営してゆきたいと考えています.

 原核生物と真核生物の研究者が同時に集い,議論し会う場所は少なくなりました.その意味でこの会は貴重な情報交換の場として機能させたいと考えております.新しい幹事の構成はこれまでの路線を引き継ぎ,さらに若手への移行を考えて数名の方に新幹事への就任をお願いいたしました.

 新幹事には系統分類の新しい情報を発信する任務を中心に担っていただきたいと考えて学術情報委員としてご活躍いただきたいと考えています.しかし,幹事全員に専門分野の情報を収集し,newsletterとしてネット上に公開し,本学会のホームページに情報発信の場と機能したいと考えています.

 ドイツで開催されたICCC11に参加し,系統分類に新しい時代が雪崩れ込んできていることを痛感しました.1980年代に16S rDNAの配列情報が爆発的な勢いで蓄積しました.さらに1990年台には全ゲノム情報が蓄積され,2000年になってメタゲノム時代が到来しました.分離培地で培養できない菌も含めて一気に16S rDNA配列をクローン化し,集団解析をおこなう手法が登場し,2005年に10万件以下であった細菌のリボゾーム配列情報が2006年には25万件,2007年には約50万件に達したとの報告がありました.分類学的に正式に記載された菌種が6000菌種しかない現状で,この数は驚異的なデータベースの膨張です.これらのリボゾームRNA配列解析の先陣を走っているミシガン大学のテイジエールは種の定義の見直しを示唆する考え方を紹介しました.もし,細菌の定義を機能を持った株として再定義すると大幅に種の数が増加する.あるいは16S rDNA配列で98.5%以上を種とみなすと別の展開があるとの考え方を披露していました.医学細菌学領域にいるものにとって後半の定義はとても受けいれられないと考えています.これまで確立した種の概念を大幅に変更しなければならなくなるからです.腸内細菌科を例に取ればひとつの属の中の菌種のリボゾームRNAのSNPは2-3%程度しかなく,多くの確立された菌種は1-2%の違いしかないのです.この考え方で種の定義の再構築をすれば,混乱が起きるのは明らかです.

 上位分類に関しては現状の菌種が70%の共通の遺伝子を共有する集団から構成されており,属Genusを構成する菌種は20-40%の共通の遺伝子を共有する集団として分類されているという見解を紹介していました.科Familyになると現状では共通の意味を持たせるのは無駄な努力になると言い切っていました.私はこれは若い研究者にとってチャンスだという気がします.属や科の分類に16S rDNA配列以外の分類指標を設ける有望な機会です.全ゲノム配列が蓄積してきた時代にこそ頑張っていただきたい目標だと考えます.16S rDNA配列の違いだけで属や科の分類を論じると分類学が,生物学者にとっては味気ない数学の世界になってしまいます.一方,機能を中心に分類を論じると,選択した機能に,突然変異がおきたり,欠損がおきた菌群の分類が曖昧になります.例えば私の研究領域である病原微生物では現在の菌種の定義よりもう少し細かい分類方法が必要とされています.病原性の因子はしばしば血清型や病原型と称される菌種以下の細分類指標が必要です.コレラ菌と呼ばれる菌種には200以上の血清型がありますがコレラという病気を発祥させるのは表面抗原であるO抗原の1型と139型で殆どのその他の株は軽い下痢性の食中毒をおこすか,病気を起こさない血清型で占められます.一方,O抗原の1型でもコレラ症の主因であるコレラ毒素を生産しない株であれば典型的なコレラは発祥しないのです.また,応用微生物の立場でで,光合成細菌というひとつの重要な機能を持つ遺伝子集団の研究をしている人にとっては,この機能を持たない菌種を同じ属に分類するのは納得がいかないことかもしれません.特定の機能遺伝子は進化の過程で欠損と水平伝播を繰り返していることがわかっています.16S rDNAと機能遺伝子分類の両方を抱合した新しい分類概念の提案が切望されています.

 この研究会を新しい分類学にチャレンジを行う研究者の議論と情報を交換する場所として,大いに活用していただきたいと願っています.



 会長退任にあたって   [2007年12月]

日本微生物系統分類研究会 前会長 杉山純多

 会長退任に当り,お別れのことばと若干の個人的な所感を述べさせていただきます.

 当研究会は昭和 55 (1980) 年 10 月 9 日を出発点として,毎年研究集会(設立当初は「勉強会」,その後「研究会」を経て,第 23 回以降は「年次大会」とよぶ)を開催し,さる11 月 16,17 日山梨県富士河口湖町船津「富士桜荘」において第 27 回年次大会を盛会裡に終えることができました.当日会場受付けで,創立 25周年記念誌「日本の微生物系統分類学の動向,平成 13 年 (2001)〜平成 17年 (2005)」<その 1>を参加した会員に無料で配布しました.

 研究会の四半世紀を超える歴史を振り返るとき,わたくし自身の人生ともかかわりをもってきましたので,本年末をもっての会長退任は実に感慨深いものがあります.とくに第 22 回研究会(平成 14 年 9 月東京農業大学厚木キャンパスで開催)のとき,研究会の運営形態をそれまでの世話人 3 名による「トロイカ方式」から会の名称変更(「微生物分類研究会」から「日本微生物系統分類研究会 Japan Society for Microbial Systematicsへ」)を伴う「役員・会員制」の導入と「会則」制定を実行したことは大きな決断でした.私が初代会長に推挙され,関達治教授(大阪大学生物工学国際交流センター)に幹事長職をお願いし,このコンビで 3期 6 年務めさせていただきました.この間,平成 15 年に研究会のホームページ <http://wwwsoc.nii.ac.jp> を情報・システム研究機構国際情報学研究所内のサーバー内に立ち上げ,また編集委員会を組織して昨年末には念願の「日本微生物系統分類研究会ニュースレター」の創刊号を発刊することができました.これにより内外に向けて本会の情報発信の環境が整備されたことになります.

 第25 回年次大会(創立25周年を記念として,東京大学弥生講堂・一条ホールで開催)総会の折,会長続投の条件として「再任なし」と「将来計画委員会」の設置を表明しました.昨年11 月,第 26 回年次大会・総会(岐阜市長良川畔,ホテルパーク・コンベンションホールで開催)でその設置が了承され,関幹事長(委員長)以下 4 委員(江崎幹事,岡田監事,川崎幹事,高島幹事)に,(1) 次期会長候補の人選,(2) 研究会の方向性とあり方,(3) 研究会の運営,(4) 会則の検討の4項目を諮問し,さる7月 19 日づけで「答申書」が会長宛に提出されました.その「答申書」の全文はすでにニュースレター Vol. 2,No. 1 (平成 19 年 8月 31 日発行)に掲載されています.その中に新たな航海へ向けて指針・規範が示されています.

 最後に,駒形和男先生(東京大学名誉教授)をはじめとする先輩の先生方,関幹事長ならびにすべての役員,年次大会(旧研究会を含む)の世話人の方々,編集委員会ならびに創立25 周年記念誌編集委員会のメンバー各位のご協力に対し,厚く御礼申し上げる次第です.今期をもって関幹事長と私は隊列の先頭から後方支援に回り,引き続き監事として,微力ながら本会の発展に寄与したいと思います.江崎孝行新会長の下,日本微生物系統分類研究会が新たな発展に向けて着実なステップを刻み続けることを祈念してここに会長退任のご挨拶といたします.長い間どうもありがとうございました.

 


 会長挨拶   [2002年12月]

日本微生物系統分類研究会 会長 杉山純多

 旧「微生物分類研究会」はゲノム生物学・生物多様性研究の時代に生き抜く戦略の一つとして、第22回微生物分類研究会(平成14年9月27、28日、東京農業大学厚木キャンパス)に於いて、「日本微生物系統分類研究会 (Japan Society for Microbial Systematics)」へ改組・改称し、会員・役員制を導入して必要最小限の組織化をはかりました(改組・改称趣意書参照)。そこでのご推挙により改組・改称後の初代会長(平成14、15年度)の重責を担うことになり、幹事会を組織いたしました。本研究会22年の歴史(「微生物分類研究会20周年記念誌、日本の微生物分類学この20年」(同記念事業出版委員会編、2000年10月)参照)を基本財産として新たな目標に向け、全力を傾注して本研究会の運営にあたる所存ですので、旧来にましてご支援、ご協力を賜わりたいと存じます。

 このたび、会員向けサービスの一環として、平石 明幹事担当のもと、当研究会のインターネットホームページを国立情報学研究所内のサーバーに開設いたしました。このホームページから、会員の皆様へ各種会合の案内、活動の報告、役員からの提案その他さまざま情報を発信いたします。また、国内外の微生物学関連サーバーへのリンク集や各種情報を提供いたします。このホームページが、国内のみならず世界の微生物系統分類学研究者との情報交換の基地として機能するために、英語版も用意いたします。是非、このすばらしい、刺激に満ちた情報ネットワークをご活用願えれば誠に幸いです。

 なお、本ホームページ構築には、平石担当幹事をはじめ、平石研究室の二又裕之助手、松澤有希子助手に大変お世話になりました。ここに記して謝意を表します。

 会長就任ならびにホームページ開設にあたり、会員各位のご指導とご鞭撻を心からお願い申し上げます。末筆ながら、会員の皆様のご健勝をお祈り申し上げます。