ヨーロッパの博物館めぐり1

パリ自然史博物館・古生物学比較解剖学展示館

パリ自然史博物館・古生物学比較解剖学展示館ファサード

パリ自然史博物館(フランス国立自然史博物館) du Muséum national d'Histoire naturelle はセーヌ川の南側、パリ植物園のなかにある。いくつかの展示館に分かれていて、ガイドブックに紹介があるのは先頃大改装をすませた本館の進化大展示館のことが多い。古生物学比較解剖学展示館 La galerie de Paléontologie et d'Anatomie comparée は本館とは反対側に位置し、19世紀の博物館が持つ雰囲気を伝えている。開館は1898年で1000体を越える骨格標本が列をなし、ホネホネ愛好家にとっては夢のような展示空間が待っている。

圧倒的な標本の力

パリ自然史博物館・古生物学比較解剖学展示館1階展示室入口 パリ自然史博物館・古生物学比較解剖学展示館1階展示室鯨類 左:テラスから見た1階の鯨類骨格。中央にナガスクジラ、左端のミナミセミクジラと右端のミナミツチクジラはタイプ標本。
右:1階展示室の正面

レンガ造りの古めかしい建物、玄関ドアも切符売り場も古色蒼然としている。展示室は哺乳類の骨格標本の大行列。好き者にとってはめくるめく時間だ。とにかく数が尋常ではない。似た種類が近くに配列していあるから比較が容易だし、滑空する哺乳類はそれで集めてある。適応進化の収斂がとてもよくわかる。展示室の中央部にはクマ・シカ・ウシ・ウマやサイ・キリン・ゾウ・ライオンといった大型獣、奥には鯨が、壁際には小型の動物が並ぶ。展示室の正面には人体模型が配置してあり隊列の先頭にいる。動物王国の先導者、進化の到達点ということか。大型の標本は露出展示、小型のものや魚類、そして軟組織はガラスの向こうにある。

パリ自然史博物館・古生物学比較解剖学展示館カンガルー パリ自然史博物館・古生物学比較解剖学展示館ワニ 左:カメ・ヘビ・ワニなど爬虫類も豊富
右:要所には筋肉模型が並べて展示

考えられる資料はなんでも集めて作ったようで、人間の標本も数多い。胎児もあるし、頭蓋骨の分離標本、顔面の一部そぎ取って歯を見せた頭骨標本では乳歯の下の永久歯がよくわかる。成長過程を類人猿と並べて見せる棚もある。人間も動物の1種としての扱いだ。姿もいろいろ用意してあり、とくにサルの仲間はおもしろい。数と大きさで圧倒するだけでなく、小技も効かせている。コウモリや齧歯類の頭骨はカプセルに入れられ、カエルがポーズをとり、小型の標本は工芸品のようだ。そしてにおいがしない。めずらしいところではコセミクジラの頭骨、取って付けたような指骨のあるステラー海牛、マンボウ、など。アフリカの動物は当然として南半球のものも多くある。アルマジロなど鱗甲板のある動物の標本も新鮮だ。軟組織では脳や神経系の液浸標本、胃の乾燥標本、フランスらしく?結合個体の骨格もかなりある。亀や蛇などの爬虫類、両生類、魚類も数限りなくある。細かいのは魚の頭骨の分離標本。これはトランクキットになっているよう。

たしかにここの展示は古い。20世紀初めの写真と見比べても基本的におなじものだ。しかし、よいものは変える必要がない、いつの世でも通用する。その証拠が来館者の数だ。訪れたのは平日の午前中だったが、入口には発券待ちの列ができていた。家族連れや孫といっしょのお年寄りが多く、外国人は少ない。フランスは骨や脳、奇形などはわりと平気なようで、気持ち悪そうにしている人は見なかった。恐竜がとくに人気ということもない。人だかりがしているのは1階の骨格の方だが、関心はわりとばらばらで1か所に集中することもない。これは標本が変化に富み、見所が多いことの反映だろう。

ほんとうによくここまで集めて、作ったものだ。地震がないから賞味期限が100年先、となれば費用対効果も十分だろう。それにしてもどれだけの職人技が投入されてきたのだろう。植物園の敷地内に動物園があるので、生きた姿もすぐに見られる。勉強するにはたいへんすぐれた環境がここにはある。こんな場所はロンドンにもベルリンにもない。ビュフォンやキュビエたちの置き土産は世紀を超えて人びとを照らし続ける。

パリ自然史博物館・古生物学比較解剖学展示館脳標本 パリ自然史博物館・古生物学比較解剖学展示館魚頭骨分離標本 パリ自然史博物館・古生物学比較解剖学展示館歩行骨格
左:脳の液浸標本と頭蓋骨内側の型取り、中:魚の頭骨の分離標本、右:歩行や飛翔といった行動時の標本も付け加えられている

動物と人間、科学と芸術を総合

パリ自然史博物館・古生物学比較解剖学展示館2階展示室マンモス

一方、2階はマンモスや恐竜がのし歩く化石の世界。展示資料は白から褐色中心に変わる。感心したのは氷河期の動物の背景にラスコー洞窟の壁画が描かれていたこと。絶滅した大型哺乳類と人類がおなじ時代にいたことが同時代の資料で伝えられるのはすごいことだ。さすがに化石のなかにはレプリカも混じってくるが、それと書いてある。恐竜はレプリカが多く、色も黒色で明らかだ。 もう一つ、さすがにパリと思わせるのが建築だ。建物は1900年の万国博覧会のために準備されたもので、当時流行した石造りに鉄骨の梁が組み合わされた造りになっている。梁や手すりには生きものや自然を題材にしたアールヌーボー調の装飾がゆたかだ。これは日本から来たからそう思う部分もあるのだろう。日本の場合、神社仏閣やお城など近代以前の建築はすばらしいが、近代以降の建築に見るべきものが少ない。というより、博物館として利用すべき建物が未開拓なのだと思う。
2階展示室は古生物。氷河期の大型哺乳類の背景はラスコー洞窟の壁画

パリ自然史博物館・古生物学比較解剖学展示館2階展示室オオナマケモノ

この展示館は20世紀後半の博物館で多用された展示演出のための造作がまったくない。資料そのものの魅力が人びとを引き寄せる。それは単なる自然物ではなく、人の手が加えられた標本の力だ。骨格標本にしても化石にしても、標本として研究や展示に利用できる形にするには途方もない人出と時間が必要となる。それを省略してとりあえずの見栄えを優先した展示はすぐに飽きてしまう。じっくり見よう、2度見ようとは思わない。資料は露出展示が多く、観覧者との距離が近い。見る人はさらに顔を近づけてくわしく見ようとする。おせっかいがなくても美しく興味深い資料は見てくれるのだ。まさに博物館の王道をいく展示である。
子どもも大人もじっくり見ている人が多かった

3階部分にある回廊は無脊椎動物の化石がならぶ。地味なために見学者は多くはない。そもそも階段をあがること自体が面倒でもある。この人間の行動を計算しておけば、マニアックな標本を置く場所にはふさわしいともいえる。マンモスや恐竜にはしゃぐ子どもたちとは別に、静かに見たい人だけが見るという場所が提供できている。サインによる誘導や指示ではなく、行動の仕方を利用した展示のゾーニングが上手である。まったくの偶然かも知れないが。

パリ自然史博物館・古生物学比較解剖学展示館グラフィック パリ自然史博物館・古生物学比較解剖学展示館アールヌーボー手すり パリ自然史博物館・古生物学比較解剖学展示館エビの化石
左:解説は手書きの図にタイプ印刷、中:アールヌーボーは自然史博物館にふさわしい、右:明瞭なエビのなかまの化石

ビュフォンとキュビエ

パリ自然史博物館・古生物学比較解剖学展示館ビュフォン通り パリ自然史博物館・古生物学比較解剖学展示館キュビエ 左:窓の下部にあるキュビエの胸像
右:展示館のそばにあるビュフォン通りを示す標識

さて、ヨーロッパの博物館なので偉人の胸像があちこちにある。キュビエは建物の外にいた。窓のアーチに名前が刻み込んである。ジョルジュ・キュビエ Georges Cuvier 1769-1832 は今から200年ほど前に比較解剖学と古生物学の分野で活躍した。動物をグループ分けして分類学の基礎を築き、脊椎動物の古生物学を切り開いた。精密で美しいスケッチは今でも研究材料となっている。フランス語なので訳書が少ないなか、矢島道子(2008)『化石の記憶 古生物学の歴史をさかのぼる』が手引きをしてくれる。ビュフォン Buffon 1707-178となると日本では無名だが、フランスではこの時代にリンネの向こうを張った博物学の英雄である。日本語でも荒俣宏監修(1991)『ビュフォンの博物誌』とジャック・ロジェ(1992)『大博物学者ビュフォン』で著作と人物がわかるようになった。どれくらい偉いのか。古生物学比較解剖学展示館の住所は 2, rue Buffon つまりビュフォン通り2番地にある。近くにはビュフォン図書館、ビュフォン小学校?など彼の名前が付けられた公共施設もあるくらいだ。なお、彼らについてはロバート・ハクスリー編(2009)『西洋博物学者列伝』にも簡潔な記述がある。ほかにリーフレットには展示館の重要人物として Alcide d'Orbigny と Albert Gaudry の二人を記している。(2012.3.7訪問)

パリ自然史博物館・古生物学比較解剖学展示館2階全景

【行き方】オーステルリッツ駅 Gare d'Austerlitz から徒歩3分、musée と書いた出口に進むとよい
公式サイト内の英語での詳しい案内トップ
リーフレット(仏語) pdf 1.9MB
リーフレット(英語) pdf 1.9MB
The best bone museum in the world? 骨格標本のアップ満載の個人サイト
La galerie de Paléontologie et d'Anatomie comparée 標本に加えて装飾も掲載した個人サイト


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