ヨーロッパの博物館めぐり4

ベルリン自然史博物館

ベルリン自然史博物館ファサード

ベルリン自然史博物館(フンボルト博物館) Museum für Naturkunde は始祖鳥の化石「ベルリン標本」で有名である。かつてはフンボルト大学自然史博物館であったが、現在は独立した法人である。ライプニッツ協会進化および生物多様性研究所 Leibniz Institut für Evolutions- und Biodiversitätsforschung an der Humboldt-Universität zu Berlin としても機能している。旧東ベルリン地区に位置し、パリやロンドンとはひと味違う博物館になっている。

ブラキオサウルスが出迎えるアトリウム

ベルリン自然史博物館1階正面ホール ベルリン自然史博物館1階正面ホール 左:パネル裏側にも化石。右:背の高いブラキオサウルスと黒いディプロドクス。照明は自然採光と人工照明の混合。照明の固定は簡単、骨格の下も通れる

最初に入るのは中庭にガラス屋根を載せた作りでアトリウムというもの。自然採光で明るく、となりの展示室がガラス越しに見える。そのなかにブラキオサウルスやアロサウルスなどの恐竜が観覧者を出迎える。博物館の顔にふさわしい展示室だ。恐竜は1909-13年に行われたタンザニア探検 Tendaguru-Expedition の収集物で1930年代から展示されている。現在の復元は21世紀初めにカナダで改訂され高くなった全高にあわせて天井を改築し、2007年に一般公開された。ホールではディナーパーティーが開かれることもあるので、展示台は移動式なのだろう。地震がないから照明の固定具は華奢で、骨格標本の下も通れる。

ベルリン自然史博物館始祖鳥展示コーナー この博物館の目玉資料は始祖鳥の化石「ベルリン標本」である。標本はホールの一番奥にある小部屋で展示されており、暗がりでそこだけ照らされた様子は「ご神体」か「ご本尊様」といった風だ。ところがこの扱いがわざわいしてか、もったいないことに見学者がとても少ないのである。それと知っている人が比較的長時間眺めていくという感じで、子どもはほとんど見ていないようだった。照明が工夫されており、平面的な化石をいろいろな角度から順番に照らしている。骨格の化石はなめらかで光の反射も良好だが、羽毛部分は石灰岩に押しつけられた印象化石で明瞭さに欠ける。しかも骨も羽毛もいろいろな向きなので、単一の光源では全体をきれいに見せることが難しい。この工夫された照明によって、化石の特徴がよくわかるのだ。それにしても美しい。芸術的とすらいえる。ARCHAEOPTERYX と示された始祖鳥の展示コーナー。気付かないのか見学者は少ない

ベルリン自然史博物館始祖鳥1 ベルリン自然史博物館始祖鳥2 ベルリン自然史博物館始祖鳥3 ベルリン自然史博物館始祖鳥4
始祖鳥「ベルリン標本」。照明をいろいろな角度に刻一刻と変化させ、平面的な標本に印影を付けている

戦前の作品から東ドイツ時代の展示も現存

ベルリン自然史博物館鉱物展示コーナー 鉱物の展示。茶色の棚は古い分類展示、中央は利用事例を示す。室内空間は自然採光が主で、人工照明は個別資料に向けられている。撮影に際して反射が少ない

この博物館は1810年に解剖学と鉱物学、そして動物学の3つの博物館が合併して設立され、200年の歴史がある。動物コレクションの基礎は Johann Centurius von Hoffmannsegg 1766-1849 とシベリア探検を行なったパラス Peter Simon Pallas 1741-1811 の標本が基礎になっている。ちなみにゴマフアザラシは彼の記載。19世紀後半では日本の魚類学の父ヒルゲンドルフが持ち帰った魚類標本も多数収蔵されている。これは神奈川県立生命 ベルリン自然史博物館始カの50倍模型 の星・地球博物館の特別展図録、ヒルゲンドルフ展実行委員会(1997)『日本の魚学・水産学事始め』に詳しい。ウェブでは矢島道子「ヒルゲンドルフと日本の魚類学」が読める。鉱物学は化石を含め王立鉱物館の引き継ぎで、それらは シュロットハイム Freiherr von Schlotheim や ブッホ Leopold von Buch、そしてフンボルト Alexander von Humboldt の収集品ということだ。

精工なカの60倍模型。ケラー Alfred Keller 1937年

自然史博物館の建物は1889年にできたので、展示の歴史はそこから始まる。さすがに建設当時そのままの展示は見当たらないが、展示解説書*によると古いものでは大戦間に作られたジオラマや第2次大戦をはさんで製作された50-60倍の精巧な昆虫模型、東ドイツ時代の鳥類展示がある、化石の展示は1980年代に作られた。グラフィックや照明もいろいろで勉強になる。* Museum für naturkunde. 2012. museum für naturkudne The Exhibitions. 144pp. ISBN 978-3-9815029-1-6.

ベルリン自然史博物館化石偶蹄類 ベルリン自然史博物館化石魚類 左:偶蹄類の進化の展示。実物化石と簡単な明瞭な図で示す。色使いも注目。ガラスの内側に照明があるので、全体に白っぽくなるが正面からの撮影でも反射しない
右:保存のよい化石だから簡素な展示で十分におもしろい。産地はアメリカやイタリアのほかBRDも

ドイツは化石が豊富に産出するので博物館も化石が充実している。が、資料の名札を見るとイタリアやアメリカ産のものも結構ある。研究や展示のために購入や交換を続けてきたのだ。哺乳類型爬虫類(単弓類)は恐竜の亜流として子ども時代には絵を見たことがあるはずだ。爬虫類との違いは歯のほか、下顎骨も違っている。それを実物の化石を展示して解説できるところがすごい。本場とはこういうものか。

ベルリン自然史博物館化石哺乳類型爬虫類下顎グラフィック ベルリン自然史博物館化石哺乳類型爬虫類ディメトロドン 左:爬虫類(ブラキオサウルス)と哺乳類型爬虫類(ディメトロドン)、哺乳類(オオカミ)の下顎骨の違いを示した図
右:ディメトロドンの化石を見ると図のとおりの骨が右顎の内側に確認できる

新しい研究のテーマは進化と多様性、展示は古典回帰

ベルリン自然史博物館進化と多様性メイン 多様性と進化の展示。新しい展示室はやはり暗いが、困惑するほどではない

この博物館は1989年のベルリンの壁崩壊まで東ドイツ、つまり社会主義陣営にあった。ドイツ統一後も博物館に資金が回るのは遅かったので、20世紀後半に西側先進国の博物館で多用された過剰な造作や展示演出が存在しない。展示解説書によると、21世紀にようやく実現した新しい展示はこの博物館の「新・古典哲学」を再認識する機会だったといい、展示は「科学と大衆の対話のハブ」であり、展示内容には館内研究者で開発する、資料はできるかぎり本物を展示するという2つの原則があるのだという。誘導された動線は抑え、来館者が自ら行き先や順番を決めることに期待し、音響や映像機器、デジタルメディアも控えめにしたとのこと。展示室は実際そのとおりになっている。ただ、そのために入口から遠い展示室は人が少なくなっているが、これはあらかじめ人の行動を計算した展示が可能ともいえる。マニアックな展示は奥に下げておけばよいのだから。

ベルリン自然史博物館進化と多様性収斂 ベルリン自然史博物館進化と多様性種内変異 ベルリン自然史博物館進化と多様性性選択
左:脊椎動物の遊泳適応、中:コダママイマイの種内変異、右:クジャクを主役に性選択の解説、LED照明がどこかで反射する

やはり新展示のテーマは進化と多様性で、これはロンドン、パリ、ライデン、東京とかわらない。そのなかでの特徴は造作や映像音響デジタル機器の少なさである。個人的には好感が持てる。西欧に共通するのが科学的事実は人の営みによって明らかにされてきたという視点で、ベルリンの展示はリンネとダーウィン、そしてマイヤー Ernst Mayr 1904-2005 の3人の胸像を据えて紹介しているが、見ている人はほとんどいなかった。メンデルの実験、収斂進化や性選択、種内変位と種分化など丁寧に扱っているが、やはり人が少ない。そもそもこの展示室自体に人が少ないのだが、博物館の展示では法則や概念的知識を新たに得て、持ち帰ることは無理なのかもしれない。

ベルリン自然史博物館プラストネーション ベルリン自然史博物館プラストネーション 左:さまざまな保存方法の紹介。グロテスクに感じる資料も展示している
右:毛細血管まで固定されたプラストネーション標本

新しい展示で独特なのは展示技術そのものの紹介である。動きのあるはく製や精巧な模造品を作る一連の作業を哺乳類や鳥類、魚類、はく製から骨格標本まで幅広く紹介している。参考写真に始まり、外観や筋肉、骨格のスケッチから型取り、解剖書を参考にした肉付け、彩色、そしてはく製であれば毛皮を着せるところまで。ほかにも化石取り出し、仮はく製、昆虫標本や液浸標本、プラストネーション標本まで実物を使って製作過程と完成品の両方を見せるのは新しい試みではないか。展示資料は独立したケースに収められているので移動可能、どころか巡回展示も比較的容易だろう。貸出や巡回展示を計算に入れた常設展示かどうかはわからないが、検討すべき展示のあり方と思う。

ベルリン自然史博物館模型ヒツジ
ヒツジのはく製の作製過程。動きのある精工なはく製の製作過程を中間段階を含めて展示する

21世紀型の自然史博物館

ベルリン自然史博物館東棟液浸展示 ベルリン自然史博物館東棟グーグルマップ写真 ベルリン自然史博物館東棟現状 左:東棟。第2次世界大戦の爆撃で一部が大破し、建物前の芝生には破壊された残骸が今も残されている。修復は2006年に始められ、灰色部分が液浸標本展示室になっている。
中:Google Map の衛星写真はちょうど建築修復中だった。方位は修正している。右側のL字型は左の写真の撮影範囲。
右:液浸標本展示室。左端に人が写っているが棚の高さは5mほど。明るく補正。

もともと博物館は収蔵庫を公開して展示とし、研究もそこで行っていた。それが増え続ける資料と入館者、そして研究室の大型化から保存・展示・研究が分離されていき、20世紀中頃にはそれが当然となった。しかし、博物館のほんとうの楽しさおもしろさは資料そのものにある。そこで登場してきたのがバックヤードツアーでありきれいな収蔵展示である。ベルリン自然史博物館は旧東ベルリン地区にあり、20世紀後半は社会主義体制下にあった。それが幸いし、と判断するのだが、誘導的な展示や造作が少ない。すぐれた資料が陳列され、簡潔な解説のもと観覧者の自由な理解が可能な展示なのだ。博物館の東棟は1945年2月3日に爆撃を受け、一部が基礎まで破壊されたまま放置され、白樺が生い茂るまでになった。建物の復元は2006年に開始され、2010年に魚類と爬虫類の液浸標本の収蔵庫を常設展示としても活用する新しい収蔵展示室に生まれ変わった。収蔵庫そのものを展示動線に組み込み、自然史標本の魅力を正面に据えた展示 a state-of -art は、まさに21世紀型というにふさわしい。収蔵庫と展示室の統一は今後もさらに続けられる。鳥類や魚類では日本や近隣地域のタイプ標本も多く、展示されることを願う。(2012.3.2 訪問)

【行き方】フリードリッヒ通り駅 Bahnhof Berlin Friedrichstraße から徒歩20分、地下鉄 U-bahn musée だと2駅目の Naturkundemuseum で下車3分
リーフレット(英語) pdf 414KB


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