学校の色覚検査をめぐる諸問題の総括

 

日本色覚差別撤廃の会 平成175

 

21世紀になって,ようやく社会の意識の潮流が変わり色覚問題の重要な改革が三つあった。1)厚生労働省は私企業の雇入れ時の色覚検査を廃止,2)文部科学省は小学校の定期健診の色覚検査を廃止,3)国土交通省は小型船舶操縦免許試験における色覚の眼科検査を廃止した。

日本色覚差別撤廃の会(以下,我々と略)はこれら3件のいずれにも関与してきたが,とくに学校の色覚検査廃止は長年にわたる活動の中心課題であった。本件は学校保健法施行規則の改定で廃止すると決着がつい筈なのに,まだ問題が尾を引いている。我々が学校での色覚検査の全廃を主張しているのに対し,日本眼科医会(眼科医を代表する財団法人,以下,日眼医と略称)はその継続に執拗に固執している。すなわち文科省vs.日眼医vs.撤廃の会の3者が三角形に対峙する格好である。そこで以下に問題の経緯を整理・分析し,改めて文科省と日眼医に対する我々の旗色を鮮明にしたい。

 

. 色覚差別の歴史

@石原式色覚検査表:1916年,陸軍軍医 石原 忍(以下,人名は敬称略)は徴兵検査用として,今日,石原表で知られる色盲検査表を作った。石原表は1921年には学校用検査表もできた。同表は国際的にも公認された優れた検査で,その簡便性・実用性のゆえに学校・職場等で広く使われてきた。一方,眼科医たちの多くは,石原表を誤読する者は理系学校の学習や諸種の職業に適さないと錯誤したので,多くの人々が希望する人生の進路を塞がれた。このことは当時の軍国主義社会の風潮と無縁とは思われないが,それは措くとしても,これらの規制には妥当性がない不当な差別で,人権侵害にあたる。

A宮中某重大事件:1920(大9)年の昭和天皇(当時,皇太子)と久邇宮良子女王との婚約に当たって,女王の母方の家系(旧薩摩藩主・島津家)の色覚異常が問題になった。軍医学校の軍医たちが学習院で健診をした折に,在学中の女王の弟の色覚異常が見つかった。それを知った重臣・山県有朋は,「畏れ多くも神聖なる皇統に色盲が遺伝することがあっては一大事」と婚約解消を画策した。これが当時の権力者たちの政争の具となった所謂「宮中某重大事件」である。事件は議会,新聞関係など諸方面の知るところとなり,果ては一般社会にも漏洩した。その挙句は「色盲は遺伝する忌まわしきもの」との偏見を社会に植え付けた。学校の色覚検査と色覚差別の背景に,過剰な社会防衛論や優生思想がなかったとはいえない。

B 眼科医の怠慢と職業規制:色覚の診断が医師法によって医師の専権事項とされたことが不幸の始まりである。なるほど職業や資格によっては,色覚が重要な場合もあるから,医師は色覚の診断を依頼されるが,医師は通常石原表しか備えていない。石原自身が「石原表は完璧ではない」と警告していることを,まともな眼科医なら知っている。石原表の誤読は単に色覚異常の疑いに過ぎないのだが,石原表は完璧と過大評価されて「疑わしきはバツ」としておけば,医師は一応安全圏に逃避できる。診断を依頼する側も医師に任せて責任逃れする。かくして石原表誤読者はそれだけで進学と職業の選択を制限され,希望する人生進路を曲げられて,忍従の生活を強いられた。眼科医もそれがわかってはいるのだが,さりとてそれ以上のことをする正義心も熱意もなかったから,やがてそれが惰性となるのは世の習いだ。

C 小学校の色覚検査義務化と弊害:学校の色覚検査は戦前,戦中から行われてきた。我々が検査に反対する理由は,それが進学・就職時の色覚規制,高じて優生思想の温床になってきたからである。学校の検査による被害も多発した。教師が検査表を読めない児童を知能障害児と誤解した,クラスの児童どうしで石原表検査をさせた,級友からいじめられたので親を恨むようになった,子供の検査から自分が保因者と判った母親が半狂乱になって,子供をつれて「色盲は治る」と宣伝する医療施設に駆け込んで大金を騙し取られた,保因者の疑いを払拭しきれずに結婚を諦めた多くの女性,保因者と判った嫁と姑の確執,開業医が色覚正常な後継者を得るために保因者の妻と協議離婚して別の女性と再婚した,等々切りがない。

実は日眼医(当時,長屋幸郎会長)は19916月に文部大臣に小学校の色覚検査廃止を具申した。日眼医にも執行部が良識を備えていて正論を唱えた時代があったことを特記しておきたい。ところが日眼医の検査存続派はこれに反対し,次期会長はこの要望書を取り下げてしまって元の木阿弥。検査無用論を主張する我々の長年に亘る度々の陳情に対して,歴代の文部大臣と役人たちは保身に終始し全く進展がなかった。文部省は検査強制が惹起した弊害を十分に承知していながら漫然と放置したのは職務怠慢の謗りを免れず,文部省と眼科医とはタグチームを組んで当事者とその血縁者たちにパンチや足蹴りを喰わせた。

D 小学校の色覚検査の廃止:1996年に当時の坂口 力厚相が「らい予防法」の廃止が遅れて人権侵害が続いたことを公式に陳謝した。廃止を受けて,東京,岡山,熊本等の地裁で審理中であった一連のハンセン病訴訟は原告が全面勝訴し,国は控訴を断念した。 敗訴が自省の他の所管事項に飛び火するのを恐れたのであろうか,厚労省は急いで私企業に義務づけていた雇入れ時の色覚検査を200110月に廃止した。

文科省は厚労省からの横波を受けて,学校保健法施行規則の定期健康診断の必須項目から色覚検査を削除し,2002329日付けの官報で公告した。削除の理由は「色覚異常についての知見の集積により,色覚検査で異常と判別される者であっても,大半は支障なく学校生活を送ることが可能であることが明らかになっていること,これまでにも色覚異常を有する児童への配慮を指導していることを考慮し,色覚の検査を必須項目から削除した」とある。これは役人の逃げ口上で,廃止の真意が人権問題であったことに疑いない。前半の文言は‘なにを今更’の感があり,後半も指導する通知を出したことは嘘ではないが,例によって例の如く実効は皆無だった。

文科省は日眼医の強力な申し入れを受けて,検査廃止の施行を官報公告より1年遅らせて2003年度からとし,その間に北原健二・日眼医副会長を首班とする委員会を設置し,廃止の事後措置を検討することになった。いずれにせよ,これで問題は一件落着かと思われたが,ことは簡単には済まなかった。

 

B.文科省スポーツ・青少年局長通知の矛盾と混迷

@文科省スポーツ・青少年局長通知の矛盾: 文部省の検査の廃止に反対して,日眼医は「先天性色覚異常者は自覚症状がなく,検査を受けなければ見逃され,教育上の不利益を被ることが予想される。更に職業選択や進路決定をする上でも,自己の色覚の能力を正しく認識する必要がある」と日眼医の決まり文句で反論,当時の日眼医の宇津見理事は「(省令改正で)決まったことだけれども,何とか覆したいのが本心である」といみじくも言った。これに呼応するかのように,学校保健担当のスポーツ・青少年局長は一片の通知を出した(13文科ス第489号,以下,局長通知と略)。「色覚に不安を覚える児童生徒に対しては,本人と保護者の事前の同意があれば学校医が児童を個別に検査することは可能」と逃げを打ったので,これがまたもや紛糾の種になった。検査廃止の官報公告と齟齬する局長通知を,しかも官報と同日付けで都道府県教育委員会に送達したから,通知を回付された市町村教育委員会,眼科学校医と学校関係者は面食らって混乱した。この様子は日眼医の機関誌「日本の眼科」に連載される代議員会速記録から如実にうかがわれる。

A事前の同意の真意:局長通知が,検査を実施する場合に児童生徒と保護者の事前の同意を必要としているのは当然として,同意の内容に,色覚検査は遺伝子検査でもあることについて念を押すべきだった。文科省は厚労省,通産省と協力して,平成133月(2001)に「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」を制定していて,その要約の真っ先に「インフォームド・コンセントが大切」と書いてある。文科省の担当部局の係官は自分で策定した倫理指針を忘れたか,もっと可能性が高いのは同一省内でも縦割り行政で「他局が作った倫理指針など知るものか」である。

小学校の段階では児童は色覚異常を理解できないだろうし,将来の職業について真剣に考える年頃でもないから,同意を求める相手は保護者,大部分は親になる。とすれば遺伝に関する同意は一層深刻な意味をもつ。保護者に未だに古い精神構造が残っているならば,学校長から子供の色覚検査を勧める文書を受け取ったら無下には断れない。断ったら,小さなコミュニティーでは周囲から「あそこの子供は色覚異常ではないか?」と噂される。局長たるものが,そこまでの十分な気配りをしないで,軽々しく同意などというのは失態である。

B検査表の定義:局長通知には「色覚異常検査表は色覚異常の有無を検査しうるものでなければならない」と云うが,学校保健法(1995年改正)では「色覚検査は児童生徒が学習する上で支障があるか否かを知るために行い,色覚異常を検出することのみを目的としない」ことになっている。金子と高柳はこの保健法の趣意に沿った教育用色覚検査表CMTを創案したが,局長通知によればCMTは使用できなくなる。「色覚異常の有無を検査できる検査表」というが,色覚異常を検出できる検査表は存在せず,公文書である局長通知に出鱈目を書かれては迷惑千万だ。

Cプライバシーの守秘:局長通知にはさらに「色覚検査に当っては,被験者のプライバシーを守るため,個別検査が実施できる会場を設営し,…」とあるのだが,当局も日眼医も,個室で検査すればプライバシーを守れると安易に考えている。我々は個室であろうがなかろうが,検査すること自体にプライバシーと人権の侵害の恐れがあると主張する。

加えて,個室で検査すること自体が疑心暗鬼を招く。眼科学校医が通常の定期健康検査を終了した後で,希望する児童の色覚検査を行い,加えて異常の疑いがある児童を更に居残らせてアドバイスする時間と会場を設定すれば,個人が特定されてプライバシーを守れないことは明らかである。集団生活の場である学校が,かような検査ができる場所か否かを考え直すべきだ。

 

C.色覚指導調査検討小委員会

@検討委員会の設置とその視野狭窄:先に述べたが,文科省が検査廃止後の事後措置を策定するため,日本学校保健会に委嘱して設置したのが,北原・東京慈恵会医科大学眼科学教授(兼日眼医副会長)を委員長とする標記の小委員会であった。以下,「北原委員会」と略称する。

色覚問題の解決は多岐にわたる社会的課題だから,この委員会は本来フリーハンドで,多角的な視点からの論議が必須だった。心理物理学,生物物理学,視覚生理学,分子生物学,人類遺伝学など,さらに偏見や差別の払拭が宿題なのだから,社会学,社会心理学,文化人類学,福祉科学,宗教学などが関係する。法律の立案と整備には法律家,役人,学校関係者を加え,さらには色覚異常者代表の参加を求めて広く議論すべきだった。ところがこの委員会は既にして矛盾だらけの局長通知に拘束されていて,委員構成は眼科医4名と指導主事・養護教諭3名の,文字通りの「小委員会」に矮小化されてしまった。色覚問題に対する当局の構えはいつもこの程度で異としないが,この構成では議論はどうしても検査の実施を前提とすることになってしまった。

A 北原委員会の顛末:我々は北原委員長に宛てて,「文科省が学校の色覚検査を廃止した根源の理由,すなわち人権問題に立ち戻って広い視野から討論を重ねて貰いたい」こと,その他,プライバシーの問題,インフォームド・コンセントの確実な実施,等々の要望書を送った。北原委員会は撤廃の会の代表を委員会に招致する機会を一度だけ設けたが,その当日(20021219日)には我々と意見が真っ向から対立する某団体を同席させて徒な論争をさせる配慮のなさであった。もちろん我々の要望書はなんの効果もなかった。

この委員会の結果は20035月ごろ,文科省から『色覚に関する指導の資料』として発行され,全国の小学校教員にもれなく配布された筈である。実は同資料の作成過程でも最後のドラフトの修正に我々はしつこく食い下がり,若干の歯止めを掛けることができた。この文書には文部科学省とあるだけで,担当部局名,編集責任者,発行日付などがまったく不明の無責任極まる刊行物であり,いかにも投げやりで税金の無駄遣いだった。

 

D.日眼医に対するコメント

@『色覚マニュアル:色覚を正しく理解するために』について:

@)マニュアルは本気で書いたのか?:検査廃止の事後措置として,日眼医もまた全国の眼科医向けに標記のマニュアルを作った。以下,マニュアルと略称するが,これには日本医師会の援助があって,200312月に医師会員の医師全員(約15万人と聞く)に配布された。このマニュアルは当時の宇津見学校保健担当理事が編集責任者になって北原副会長の著書をなぞったものらしいが,総じて眼科専門医向けとしては内容が貧弱である。その一方で,専門医に対して,こんな当たり前のことまでも言わねばならないのかとの感を禁じえないところもある。そもそもマニュアルの表紙のデザインが,どうみても厚労省の色覚検査廃止のパンフレットの真似だし,色覚異常の遺伝図式に初歩的なミスがあるのを見ると,編集者は本気になってマニュアルを作ったのか疑わしくなる。一事が万事,その印象は内容にも及ぶ。例えば色覚異常者が混同しやすい色を色名で羅列するのはナンセンス。 医師向けともあれば,せめてCIE色度図の混同色線で総合的に記述するくらいの矜持があって欲しい。

A)色覚検査は遺伝子検査:吉田前理事は「遺伝子検査と色覚検査が同一検査であると判断することは一般的には難しいと思われる。したがって学校における色覚検査が遺伝子検査に準じた基準を満たす必要はない」と述べた。また山中前代議員の発言を要約すれば,「色覚検査は表現型のみを検出する検査である。一方,遺伝子検査は遺伝子を調べるだけでなく,発症前診断,出生前診断,保因者か否かを診断する。したがって色覚検査と遺伝子検査を同列に扱うのは,短絡的な突拍子もない意見である」と主張している。色覚検査は遺伝子検査そのものではないにしても,遺伝情報に関する検査に間違いないとすれば,インフォームド・コンセントは絶対に必要なのだ。

1980年代,欧米の研究者によって,色覚の分子生物学の目ぼしいところは総嘗めにされ,DNA解析により保因者を診断できる域にまで達した。最早,日本勢はこの分野の研究では追いつけない。各視物質のタンパク質部分のアミノ酸配列もわかった。このうち赤と緑の視物質のDNAはX染色体長腕(Xq28)に前後して乗っており,共通の祖先から分化したのが約2千万年前と若いから両者のDNAは非常に良く似ている。そのために遺伝子組み換えが起こりやすく,その結果が色覚異常である。従って色覚検査で異常ならばX染色体の遺伝子異常が疑われる。だから色覚検査に当っては,遺伝に関するインフォームド・コンセントが必須である。マニュアルに遺伝系図を載せているくらいだから,日眼医が色覚遺伝の重要性を承知していないとは考えられないのだが,マニュアル巻末の「学校長が保護者に児童の色覚検査を勧める文書」の見本には肝心の遺伝に関する説明がない。これでは検査を希望する児童の数を増やしたいばかりに,遺伝のことはわざと隠したと勘ぐられても仕方がない。機関紙「日本の眼科」には北原副会長の「色覚異常の遺伝と対策」と題する総説が掲載され,その中で「色覚異常は遺伝子異常」と明言している。日眼医の内部で意見が統一されず銘々が勝手なことを云うのは迷惑千万だ。

B)女性のX染色体不活性化:この現象は1961年に発見され,発見者の名前に因んでライオニゼイションとも云い,女性の色覚にとって重要で,女性の色覚検査は慎重を要する理由であるのに,マニュアルは全くこれに言及していない。仕方がないから,代わって以下に少しく説明する。

ヒトの女性を含めて哺乳類の雌の性染色体はXXであるが,受精卵が胞胚期に達した頃に,父親由来のX染色体Xpと母親由来のXmのどちらかがランダムに不活性化する。不活性化したX染色体は凝縮してバー(Barr)小体になる。因みにスポーツ界のセックス・チェックは選手の口腔粘膜の塗抹細胞染色標本でバー小体を検出すれば女性と判定する。X染色体不活性化は多くの本に書いてあり,現在では医学生の常識になっている。

さて保因者ではXpとXmのどちらか一方に色覚異常の遺伝子が乗っているから,彼女の網膜は色覚異常の部分と正常な部分のモザイクになる。これを裏付ける証拠は:@)色の小光点を瞬間的に呈示すると,網膜を照射する場所によって保因者は色間違いを起こす。また石原表を瞬間呈示すると,保因者では著明に誤読が増える(瞬間呈示するのは眼球を動かして石原表を走査する余裕を与えないため)。A)一卵性双生児の保因者の姉妹の間で,色覚検査の結果に大差がある事例が報告されている。B)片眼は色覚正常,他眼が色覚異常の女性がいるが,彼女の網膜のモザイク構造が極端に左右不均等である稀な例と考えないと説明がつかない。

保因者数は男性の色覚異常者の2倍弱で女性の9〜10%の多数と計算されるから,彼女らの網膜がモザイクであることを知らずに漫然と石原表で検査する眼科医は無知の謗りを免れない。保因者を色覚異常者と誤判定するケースが多いのもこのためである。日眼医は女性には石原表の使用を禁止するアピールをすべきであろう。

C)色覚が問題になる資格試験と職業: マニュアルは付録として,色覚規制がある職業や免許資格を無批判に列挙している。これでは「色覚異常者は現状の規制を受け入れて文句を言わずにおとなしく生きよ」と差別の片棒を担いでいるに等しい。大学入試に色覚条件が撤廃され,いまや色覚異常の医師も誕生しているが,なにか問題は起っただろうか。問題ないとすれば規制の片棒を担いできた眼科医は重大な過ちを犯してきたことになる。そういう検証もなしに規制してきたのが,これまでの差別の実態だった。

警視庁警察官の項には「警察官としての職務執行に支障がないこと」となっているが,これでは試験の合否は試験官の胸三寸にある。「職務執行に支障がないこと,すなわち色覚正常であること」としている県警もあるらしい。皇宮護衛官と入国警備官は共に「色覚が正常であること」とあるが,理由は不明で,何も検証せずに昔からの条文をただ踏襲している。自衛官の規制は「色盲又は強度の色弱でないもの」となっているが,強度・弱度の線引きは不可能だ。このような不統一の中で,医師はどのように診断を下し,それがどのように解釈されるのか,甚だ心寒いものがある。正常者がカムフラージュしたと思っても色覚異常者は容易に見破るという実験もある。色覚異常者はたかだか5%以下なのであるから,自衛官の中にそういう人物がいても無駄とはいえない。

マニュアルには「教員資格については,各都道府県の教育委員会に直接たずねるように指導せよ」とある。深見は色覚異常者に不適な職業の一つとして「教育という人間すべてが受けなければならない大切な過程を担当する教育者,ことに小学校の先生」というが,この論理は尋常な頭脳では理解できない。色覚異常の児童生徒が必ずいるから,それらの心理を理解し,アドバイスできる色覚異常の教員がいた方が良い。

日眼医は権威ある専門家集団として色覚規制を点検し,疑義があれば早急に廃止または緩和させる社会的責任があると思うが,未だにそのアピールの事例を見聞したことはない。

D)石原表の限界:日眼医が色覚検査を勧めたところで,石原表しかないのが大部分である。日眼医の吉田前常任理事は「学校健診での色覚検査は,石原表を第一選択と考えている」と言う。ところでその石原表だが,これでは確定診断ができない。マニュアルにも「検査表では色盲,色弱,全色盲の診断は不可能」とあり,北原副会長も著書で検査表の落とし穴について詳細に説明し「確定診断は不可能,職業適性のための判定を色覚検査表によって下すことは無謀」と注意を喚起している。その例として検査表で正常と判定されて入学した航空学校の学生が,就職する段で異常と判り,3年間の訓練を無為にしてしまった。これは一例にとどまらず,中には10年以上の経験豊かなパイロットもいた。彼らは訓練中もパイロットとして勤務中も,無事故で航空機を操縦してきたのだから,これを異常と判定した眼科的検査をこそ,職業適性検査としての非妥当性を問うべきだ。

A検査を養護教諭に‘丸投げ’は医師法違反の懼れ:旧・学校保健法施行規則の第511には,「身体計測,視力,色覚及び聴力 … その他の予診的事項に属する検査は,学校医又は学校歯科医による診断の前に実施するものとし,学校医又は学校歯科医は,それらの検査の結果を活用して診断に当たるものとする」とある。この省令は予診的事項の定義を曖昧にしたまま,眼科学校医が色覚検査を養護教諭に丸投げすることを容認していた。しかし検査表は多分の不確定性を抱える上に,検査を的確に実施するには相応の専門的知識が必要であるから,色覚検査は医療行為との判断もあり得る。そうならば医師法第17条(医師でない者の医業の禁止)に違反する懼れがある。ある養護教諭は「色覚検査に自信がなく,非常に負担を感じている」というが,それは養護教諭たちの平均的な心情ではないだろうか。

宇津見・前学校保健担当理事は「眼科学校医が検査の希望者全員に直接検査を実施することは難しい。色覚検査表の結果を養護教諭に記載させ,判断は眼科学校医が行うことにより可能である」と言っている。医師法第20条には「医師は,自ら診察しないで治療をし,若しくは診断書,若しくは処方箋,… を交付してはならない」とある。ここで「学校保健法施行規則第6条に定める健康診断表」を「医師法にいわゆる診断書」と解釈すれば,眼科学校医は自ら色覚検査をしなければならないことになる。宇津見前理事は自分の発言が第20条違反の教唆にならないことを確認しているのだろうか。

B 時代遅れのパターナリズム:小学校の色覚検査の廃止は,「医師の裁量権」とか「プロフェッショナル・フリーダム」などの言辞を弄する旧弊なパターナリズムを持つ医者たちの機嫌を損ねた。これらの医者たちの心底には素人に対する家長主義的温情(パターナリズム)とは裏腹に,愚民政策の残滓である権威主義的な干渉がある。これを温情的干渉主義といったのは正に適訳だ。色覚検査廃止を受けて日眼医が策定した事後措置もこの域を脱していない。当事者にとって「小さな親切,大きなお世話」とはこのことだ。インフォームド・コンセントの理念からすれば,医師の独善的な裁量権やプロフェッショナル・フリーダムなどが介入する余地など全くない。自身が色覚異常である医師,九鬼は「一定のハンディキャップがあることが,医療者の望ましい資質の一つ」といっているが,正に的確な卓見だ。

これまでこの種のパターナリズムに慣らされてきた教育委員や学校長の年代層には「児童は色覚異常を自覚しないから,将来の進学や職業選択に困るし,結婚に際してトラブルがおこるかも知れない。早い時期に検査をして教えてやるのが親切だ」といった紋切り型温情主義は説得力を持つだろうが,高言する割には検査態勢の整備に不熱心なのは上に述べたとおりである。

C 自己決定権について:学校の色覚検査承認派や推進派はいずれも「色覚に不安を覚える児童」と決まり文句を云う。けれども入学や職業に色覚規制をかけることに加担して人権を侵害し,社会に余計な不安の種を蒔いたのは文科省と眼科医ではなかったか。自分で放火しておいて,逸早く火消しに駆けつけて‘いい格好し’,これを俗に‘マッチ・ポンプ’という。第一に必要なのは色覚の知識の啓発である。その上で,自分自身の色覚について関心を持つことは自然である。そのときに検査を希望するか否かの意思決定は児童生徒本人ないしは保護者の自己責任である。新聞投書の金子の「色覚検査を希望する者は自己責任で眼科に行けばいい」との意見に対して,日眼医は猛烈に反発した。日眼医の佐野・前会長は「急に定期健康診断から色覚検査を外して,いきなり自己責任というのに私は非常に怒っている …,文科省は無責任 …,日本人は自己責任になれていない …」とすら発言,さらに三宅・現会長は「医師の裁量権が児童や保護者の自己責任よりも優先する」と言った。このような医師の言動はもはやドクハラそのものだ。

D 北原副会長の正論:北原副会長は日眼医の代議員会で「色覚検査の問題の背景には文化の変遷があり,その一環として自己決定権が常に重視されて,インフォームド・コンセント,あるいはカルテの開示や色々なことが行われるようになってきた。色覚異常は遺伝性疾患で,大人の場合はいいが,自己決定できない子供をどう守るか,このところを考えておくべきだと思う。遺伝子解析が進み,遺伝子診断,遺伝子治療,ゲノム創薬が行われている。色覚異常もこの背景を踏まえて,社会全体として学校保健を考えねばならぬ」と述べた。これは正論である。更に「検査反対のグループは,検査自体が人権侵害にあたるのではないか。それから承諾をとるといっても,どういう承諾をとったらインフォームド・コンセントに合うのか,これを非常に懸念しているのだ」と,まさに我々の意見を代弁した。これに対して代議員らからは何らの議論もなく無視された。

F 色彩のバリアフリー:日眼医代議員会記録を見ても,近年,色彩バリアフリーが時々は論じられているが,こういう考えはもっと前からあった。たとえば高柳・金子は最初に教科書の色刷りを問題にした。またその後の岡部・伊藤の著作は学問的にも実務的にも全てを尽した優れたものである。その他,この問題には世間の関心は高い。前掲の『指導の資料』(文科省)にも「板書では赤チョークを使うな」と書いてあるが,赤チョークが使えないのは不便である。撤廃の会顧問の村上は日本白墨工業株式会社(商標;天神白墨)に製造を依頼して,CIE色度図の混同色線からチェックしても,第1及び第2異常の両者に不自由なく見える朱色チョークを開発した。レーザーポインターの赤色レーザーも学会の講演などでは問題になっていたが,最近は緑のポインターが開発されて問題は解決した。

G 医者は頼りにならない:医者の旧来の家長主義的温情に甘えて,他力本願で色覚問題の解決を期待するグループがある。しかし某医大の色覚外来担当医は「色覚検査とカウンセリングは時間,労力の割には医療報酬が低過ぎるので,奉仕の精神や使命感がないと無理だ」と明言した。この医師は医大という医療機関の経済的負担に頼って辛うじてまともな色覚検査とカウンセリングを行っている。この種の仁術的奉仕を,経済的援助がない一般の眼科医に望むのは無理で,医には算術も必要である。それならば日眼医はなぜ厚労省に対して色覚検査の診療報酬引き上げ運動をして全国的に検査機器を完備させて検査体制を整備する努力をしないのか。要するにそこまでする熱意と誠意がないのだ。

H学校での検査実施状態のアンケート調査:省令改正では検査がなくなったが,局長通知を根拠に検査を実施したところもある。それについては我々も相当の関心をもって見守ってきた。宮浦理事によると,検査を実施した小学校は全体の1割から2割程度ということである。検査実施に至るプロセスに幾つかのステップがあって,千葉県と千葉市の眼科学校医の報告によれば,「県教育委員会が市町村教育委員会に対して色覚検査を実施するよう通知することはできない」とする行政上の主義主張があるようだ。日眼医一般会員の眼科学校医たちには,教育委員会を口説いたり学校長に根回したりしてまでも検査をする気はないだろう。

I日眼医上層部のダンマリ戦術:日眼医の宮浦理事は前掲の金子の新聞投書に対して「(撤廃の会は)色覚検査存続派に対して,色覚検査が差別を生み出してきたことに目を閉ざし,当事者の言葉を聞く耳を持たないと強く批判しているが,このような極端な主張は,日眼医としては反論に値しないと考えている。社団法人である日本日眼医が,任意団体の主張に対し公に反論する必要はない」として回答を拒否した。「色覚検査が差別を生んできた」ことを同理事は極端な主張としているが,我々に非があれば積極的に反論したらどうか。さらに「日眼医は社団法人なるがゆえに,任意団体の意見を聞く必要はない」とは,あきれて返す言葉がない。我々は新聞という公器の上で発言していて,迷い言ではないのだ。日眼医には論理がない。

J 日眼医の良心:近頃になって日眼医代議員会の雰囲気が変わった。今野代議員は「眼科学校医が色覚検査を発議しても,手続きが煩雑である上に,最終的には校長の判断になるため,同じ行政区域内でも対応は一致していない」と,手続き上の問題点を批判した。また鈴木代議員は要約して「これまで色覚異常者が一方的に負わされたマイナス要因は,今後,バリアフリーという形で社会が補償することになった。日眼医は啓発と改善に努力すべきである」と反省と提言を述べた。つぎの発言も注目される。曰く「学校ではプライバシーが守秘できないので,検査希望者は予約制で自分の医院に来てもらう。この費用は当然無料である。健康相談も医院でやる」(鈴木代議員,古野代議員)。従来の代議員会での質疑には学校保健担当理事がその都度対応していたが,今回は執行部が予め本部見解なるものを用意して対応したのも異例である。しかし総じて旧弊な執行部よりも代議員たちの方が事態を正確に把握している。

K 日眼医に要請すること:入学や職業の色覚規制は取り返しがつかない人災で,これは眼科医の重大な過失であるが,それについて日眼医は黙して語らない。眼科医の個人的責任を問うことはできないが,公益的な社会活動の継続を前提とする社団法人の日眼医には責任がある。2002年の学校の色覚検査廃止に至る経緯の真意が人権回復にあったことを真摯に受け止めれば,この改正は反省のよい機会であった。行政も一貫した継続性が必須であるから,1996年のハンセン病訴訟の敗訴を受けて,当時の坂口 力厚生大臣は永年に亘る人権侵害を公式に陳謝したのだ。

色覚問題の本質を考えるには,平成172005)年31日に厚労相に答申された「ハンセン病問題に関する検証会議・最終報告書」が大いに参考になる。最終報告書では,行政の怠惰と遅延に因る人権侵害,医師の欺瞞的保身工作,行政と医学界との相互依存体質,誤った過剰な社会防衛論,真実を報道する努力を怠ったマス・メディアなどが厳しく糾弾されている。そして再発防止への提言として,インフォームド・コンセントの権利を盛った新たな法の整備,正しい医学知識の普及,人権教育の徹底などが提示された。これらの指摘と提案は,程度の差はあるもの色覚問題にも当てはまる。

日眼医が知識階級集団としての雅量をもって適切なコメントを出して呉れれば,その効果は大きい。@)社会が色覚異常を正確に理解することが期待され,偏見と差別の払拭につながる。A)日眼医は高く評価され,信頼と尊敬を得る。B)進学や職業選択を制限された犠牲者の行政と眼科医に対する怨念が幾分でも和らぐ。C)色覚異常のみならず,他の遺伝子異常にまつわるトラブルの解消に資する。

 

E.雑感

@ 色覚異常と文化:2003年の暮,ジャパン・タイムズ(DECEMBER 18, 2003)が日本の学校の色覚検査を扱った。自分の子供を日本の学校に通わせているアメリカ人の女性記者が,色覚検査を知って不思議に思ったらしく,村上と高柳が取材を受けた。記事を見て痛感したのは,彼我の「罪の文化」と「恥の文化」の相違である。キリスト

教的な罪の文化では,子供が感染症に罹ると親の責任になるが,遺伝は親を含めて誰の罪でも責任でもない。子は親を選べない。色覚異常に生まれて親を恨んでも,恨まれた親もまたその親を選べないのだ。

一方,儒教的な恥の文化では,遺伝子異常は当事者だけでなく,一家眷属も隠したい恥と考える。それ故に,色覚異常の当事者も関係者も声を上げることができない。他者にはわからぬ異常であることが,この問題の微妙なところである。結局,いつまでも少数派で,文科省や日眼医に恣意的に操られる屈辱に甘んぜざるを得なかった。

A動物は進化を重ねて,殆ど無限とも言えるDNAの組み合わせを獲得した。多様なDNAが作られる過程には突然変異もあり,遺伝子の重複や組み換えもある。それが無ければ生物の進化はない。遺伝子の変異と,それに伴う不可避な遺伝子異常は進化のための基本的な戦略で,恥の概念など何処にもない論理だ。

B太平洋の絶海の孤島ピンゲラップ島に多く見られる一色型色覚(俗に全色盲)について貴重な報告がある。この島は殆ど平坦で海面すれすれの高さで,昔,大津波が襲って多くの人が攫われたが,小高いところにいた酋長の一族は助かった。当然,その子孫は遺伝子の多様性が少なく,結果的に全色盲が多発した。余りにも大勢いるので差別されることもなく,熱帯の太陽の眩しさ(全色盲の一つの型は羞明が特徴)には辟易しながらも平穏に暮らしているそうだ。

要するに,遺伝子は多様であった方がよいから,遺伝子異常は当然の成り行きである。差別とは相対的なもので,基本的には多勢か無勢かの偶然による。我々は如何せん少数派,あとは声を大きくして叫ぶしかない。

(文責 顧問 村上元彦)